退職勧奨に対して安易に合意すべきでない
会社の上司や社長から,「辞めて欲しい」と言われてしまうと,これまで自分のやってきたことが全く評価されていないことに失望したり,怒りが沸いたり,馬鹿らしくなってしまい,もうこんな会社どうでもいいやとなったり呆然としたまま退職届や退職合意書にサインしてしまったという相談が多くあります。もし,会社から解雇だと言われて解雇理由証明書をもらっているような場合には,解雇が原則的に無効であることから,解雇と言われた意向の賃金を請求できたり,損害賠償請求を請求できる可能性が高いのですが,上記のようなケースでは,そのような金銭補償を求めることは,かなり難しくなります。
あえて誤解を恐れずに言えば,退職届等にサインしていなければ半年分の賃金を受け取れる可能性があるのに対して,サインしてしまっていると一円も受け取れない可能性があるということです。
サインしたら負け?の理由
裁判所は,サインされた書面の証拠力を高く評価します。ですので,退職者のサインのある退職届や退職合意書がある場合には,裁判所としては「退職者は退職に合意していたんだな」というところから心象形成を始めることになり,これをひっくり返すのは相当の事情や労力が必要となるのです。
会社から一方的に「辞めろ」と言われる解雇か,労働者が合意している退職かは,法的には全く意味が違いますし,まず外形的にどちらであるのかというのは裁判官の心証に大きな影響を与えることになるのです。
だから,もし,「辞めて欲しい」,「辞めてくれないか」,「辞めろ」,「別の仕事探した方がいいんじゃないか」など言われた場合には,湧き上がる色々な感情を抑えつつ,とりあえず退職届や退職合意書の類の書類にサインをしたり印鑑を押したりしないことが,とてもとてもとても重要なのです。
もし,退職勧奨を受けたらどうすべきか?
では,実際に退職勧奨を受けた場合には,サインしないのが重要としても,具体的にはどうすればいいでしょうか?
まず,仕事を辞める気が全くないのであれば,「絶対辞めません」と宣言してしまうことをお勧めします。その上で,まだ退職勧奨をあれこれいってくるようであれば,逐一記録を取りつつ,「辞めない意思をはっきり伝えているのに,どうしてまだそんなことを言ってくるのか」的な態度で応戦しましょう。それでもしつこく退職勧奨が続く場合には,違法な退職勧奨となることもあるので,すぐに弁護士に相談してください。ただし,労働者がはっきりと退職しない意思表示をしてる場合であっても,会社側が退職勧奨を続けること自体が許されないわけではないため,個別具体的に判断していくことが必要です。
次に,会社が,退職勧奨に伴って一定の条件を示してくる場合についてはどうでしょうか。どんな条件でも退職しないと思うのであれば上記と同じようにその意思をはっきり示して会社の態度を問うことになります。条件によっては,と思うのであればまずは会社の条件を聞いてみましょう。その上で,条件交渉に入っても良いのですが,まずはその条件を文書にしてもらった上で,弁護士に相談に行かれることをお勧めします。
使用者が労働者を強制的に辞めさせる(解雇する)というのは法的にはかなり難しいため,退職の条件について労働者にそれなりに有利な条件を引き出すことができる場合が多いのです。この相場観や具体的事情に応じてどの程度の解決金額が見込まれるかなどを,専門家である弁護士に相談しに行って損になることはまずありません。
次に,会社が,条件を示すことなく,あるいは到底満足できない条件のみを示して,退職勧奨に応じないのであれば懲戒解雇する,その場合は退職金も出ないなどと半ば脅しのようなことを言ってくるケースもあります。その場合には,本当に会社が挙げている事由が懲戒解雇事由にあたるのかを判断するため,弁護士に相談することをお勧めします。本当に懲戒解雇にあたる場合というのはそれほど多くないため,このようなケースでは労働者に有利な条件を引き出せることが多くあります。
いずれのパターンでも,共通していることは,会社の提示する条件やあるいは特に条件がなくても辞めてもいいと思わない限り,「自分は説得に応じるつもりはない,それでも辞めろというのは解雇でないか?」というスタンスで臨むことです。
それでも辞めろと言われた時に,解雇理由証明書をもらおう
ずっと退職勧奨に応じないと,会社側がしびれを切らして普通解雇や懲戒解雇をしてくることがあります。この場合には,解雇通知書と解雇理由証明書を受け取りましょう。解雇理由証明書は,その後の言った言わないを防止する点でとても役に立ちます。この,言った言わないを防止するというのは,紛争を無駄に長引かせたり不当な結果を招かないためにもとても重要なことです。解雇理由証明書がなくても,解雇であることを前提に話が進むこともありますが,やはりもらっておくに越したことはありません。
なお,解雇理由証明書については,労働基準法22条が,次のように定めています。
労働基準法22条
1 労働者が、第20条第1項の解雇の予告がされた日から退職の日までの間において、当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。ただし、解雇の予告がされた日以後に労働者が当該解雇以外の事由により退職した場合においては、使用者は、当該退職の日以後、これを交付することを要しない。
3 前2項の証明書には、労働者の請求しない事項を記入してはならない。
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=322AC0000000049
また,解雇理由証明書をもらうことで,会社が何を理由として解雇としたのか,少なくとも形式的な理由は明らかになります。これも,後々,解雇の有効性を争う際にとても役に立つものです。
何れにしても,解雇と明言されたり解雇通知書や解雇理由証明書を受け取った場合には直ちに弁護士に相談されるのをお勧めしますし,会社から退職勧奨を受けておりそれがしばらく続きそうであるという場合にも,早めに弁護士に相談しておいて有効な証拠収集を図ることをお勧めします。社内文書であったりスケジュールやメール,就業規則,給与規定など,会社にいる間にしか手に入らない証拠も多数あるためです。