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時事問題

検察庁法改正案、何が問題なのか?

「#検察用法改正に抗議します」が380万超ツイート

 検察庁法の改正が話題になっています。令和2年5月10日時点でTwitterのトレンドに「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグ付ツイートが380万となっています。

 この問題について、全く興味ないという人や、「なんとなくダメそう」と感じてる人、「別に問題なさそう」と感じてる人、絶対に問題ないと考えている人など様々だと思います。

 この問題の本質が何なのかということを理解することが非常に重要だと思いますので、この点を分かりやすく解説します。

 一言で言えば、この問題の問題点は、閣議決定による黒川検事長の定年延長という問題ではなく(それもかなり問題ですが。。。)、内閣が検察官の「役職定年を延長できるようにする」という点につきます。

 それの何が問題なのか、については、少し説明が必要です。その前に、この問題が、「安倍政権に近い黒川弘務検事長の定年延長をして黒川検事長を検事総長にするためのものだ!」というものが陰謀論であるとか、それは関係ないんじゃない、という方も多いと思いますので、それはそれで陰謀論でもなんでもなくて関係もあるという話をしたいと思います。

何が問題視されている?

 問題視されているのは、検察庁法の改正によって役職定年の延長を内閣の判断で行うことができるようにするという点です。決して、検察官の定年を他の国家公務員に合わせて65歳にすることが問題にされているのではありませんので、この点はご注意いただければと思います。

 検察官の定年を65歳にするのはOK。

 検察官の役職定年を63歳としておくのもOK。

 役職定年63歳を内閣の個別判断で延長できるようにするのがNG。

 こういう問題意識です。この問題意識と、そもそもそういう法改正がある前に閣議決定で黒川東京高検検事長の定年を延長したという問題がミックスされるので若干ややこしくなっているのですが、法改正の内容についての問題点と言われれば、「役職定年63歳を内閣の個別判断で延長できるようにします」というのがやばいだろ、ということになります。

 このような主張をする人(私もですが)からすると、黒川氏の定年延長を閣議決定でやるというのは、法に基づかないで定年延長しちゃうというパワープレイであり法律による行政という観点から「もっとやばい」という話になります。そのため、「そこまでして黒川氏を検事総長にしたいのか」という論調になってしまうのですが、法律で内閣が検察官の役職定年を延長できるようになるとすると、今回のような閣議決定が今後はパワープレイでも何でもなくなるということになって「もっともっとやばい」というわけです。

本当に問題ですか?

 今回の検察庁法改正案への抗議に対する懐疑派の意見は、概ねの次の通りかとと思います。

1 そもそもこの法案が施行されるの令和4年だからそれまでに定年になる黒川さん関係ないでしょ。

2 国家公務員法の改正で定年延長されるんだから検察官もそれに合わせることの何が悪いの?

3  内閣が役職定年を延長できるようにしても別に良くない?

 2は無知や誤解から生じているということ、1については必ずしもそうは言えないということを説明します。問題の本質を捉えている意見は3であり、この3は議論が必要です。いかに、議論の必要がないほど問題のあることだと考えているとしても、「別に良くない?」という意見に対してどうしてダメなのかということを言えないと意味がありません。

 以下、順番に解説していきます。

検察庁法改正施行期日は確かに令和4年4月1日である。

(追記)2020年5月12日、施行期日の理解に誤りがあったため内容を修正しました。失礼しました。

まず、「1 そもそもこの法案が施行されるの令和4年だからそれまでに定年になる黒川さん関係ないでしょ。」についてですが、確かに、施行期日が令和4年4月1日とされ、黒川氏は令和4年2月には65歳となっていることから、仮に黒川氏が検事総長になっていたとしても、その時点で現行法の規定に基づき定年を迎えることになるので、黒川氏の問題と今回の改正法案は直接の関係はないと言えるでしょう。

(施行期日)
第一条この法律は、令和四年四月一日から施行する。ただし、第三条中国家公務員退職手当法附則第二十五項の改正規定及び第八条中自衛隊法附則第六項の改正規定並びに次条及び附則第十六条の規定は、公布の日から施行する。

https://www.cas.go.jp/jp/houan/200313/siryou3.pdf

しかし、現職の検事総長である稲田伸夫氏が慣例通り2年で退任するとすれば、稲田氏の退任は令和2年7月末で、黒川氏はすでに閣議決定で定年が半年間延長され、令和2年8月まで検察官でいることができますから(法的に本当にそれができているか、有効か、という問題はここでは置いておきます。)、次期検事総長になれる可能性があります。

他方で、おそらく現政権としても、理由も示さず従来の解釈を変更しましたというのは苦しすぎるという認識はあるわけです(ないとしたら怖いです。)。

これに加えて、現職の稲田検事総長が「慣例」通り7月に退任してくれるかどうかは、まだ不確定(調整ができていない)ので、黒川氏の定年を半年延長したけど、万が一稲田氏が「慣例」通り退任しないとすると、やはり黒川氏は検事総長になる道が断たれることになります。

従来の解釈を変更して閣議決定で定年延長をするというパワープレイをした政府としては、再延長という更なるパワープレイをしないといけないのは避けたいというのが本音でしょう。

そこでこの検察庁法案改正です。この法案が通れば、万が一、稲田氏が慣例通り退任しないという選択をしたとしても、政府としては、パワープレイにより変更した解釈を、法律にするという最強の追認方法を得られる、というわけです。

だから、政府にとっても黒川氏にとっても、この検察庁法改正は喫緊の問題として利害関係がある事案ということになります。その意味で、改正法案と黒川氏の問題が「全く」関係ないと言い切るのも難しいでしょう。

また、今回問題となっている「内閣の判断で役職定年を延長できる」という規定は、元々の法案にはあげられておらず、今年に入って追加された規定であるということや、(コロナの問題だけでも紛糾してる)このタイミングで改正法案を成立させようとしているということも、「黒川氏の定年延長」というパワープレイ閣議決定を正当化しようとしているのではないか、と思われる間接事実となっています。

検察官の定年延長自体を問題にしているわけではない。

次に、「2 国家公務員法の改正で定年延長されるんだから検察官もそれに合わせることの何が悪いの?」という点ですが、これは、「#検察庁法改正案に抗議します」の内容を誤解した主張です。

繰り返しになりますが、検察官の定年を一律に延長すること自体が問題なのではありません。

検察官の役職定年の延長を、内閣の判断で行うことができるという点が問題なのです。

なので、他の国家公務員の定年延長に合わせて検察官の定年延長をして何が問題なのかという意見は、そもそも検察庁法改正案への抗議に対する批判になってさえいないのです。

なお、これに関連して、そもそも国家公務員法の定年延長の議論は前からあって、何を今更騒いでいるの?という意見もあるようですが、確かに国家公務員法の定年延長の議論自体は前からあったのですが、「検察官の役職定年の延長を、内閣の判断で行うことができる」というのは今回出てきた新たな論点であり、「何を今更」という話でもありません(別に、今更だとしても、問題があるということに気づけば抗議するということに問題もないのですが。)。

内閣が役職定年を延長できるようにしても別に良くない?何が悪いの?

この問題の本質を捉えた最強の質問がこれです。これに対する簡潔な答えは、「検察の独立性・中立性を侵害するから。」なのですが、これで「なるほどなあ!」となる人は少ないと思います。

これについては、権力の分立(特に検察の独立性・中立性)を維持するということが極めて重要だという点につきます。

モンテスキューの法の精神で語られた「三権分立」をご存じの方は多いでしょう。これは、集中化した権力は必ず腐敗するので、その権力を分離することで権力の集中化を防ごうという趣旨です。

三権分立で言われる三権とは、司法権、行政権、立法権ですが、検察というのはこの中で特殊な地位にあります。検察自体は行政権に含まれるのですが、刑事事件についての捜査権だけでなく、起訴する権限を唯一与えられているのが検察です(起訴独占主義)。その上、起訴するかしないかについては検察に大きな裁量が与えられています(起訴便宜主義)。この点を踏まえて、検察は、準司法機関と呼ばれることもあります。検察庁自身も「刑事司法運営の中核的機能を担っている」と述べています。

起訴するかしないかを唯一決定できる権限というのは、とても大きな権限です。何しろ、起訴がなければ刑事裁判すら開かれないのですから。誰かを有罪にして刑務所に送るかどうか、その手続を「始めることができる」権限です。

そして、この強大な権限は、当然のことですが、時の権力者たちに対しても公平に行使されることが要請されます。そのために、検察には強い独立性と中立性が求められています。これは、司法権を担う裁判所に独立性と中立性が求められているのと同じです。

他方で、時の権力者としては、何とかこの検察の権限を自分達に向けないようにしたいというのが本音でしょう。この本音自体は「人間ってそういうものだ」という三権分立の思想からいっても当然であり、別にそれ自体をどうこうという話ではありません。

そういう本音があったとしても、三権分立を学んだことがあれば、準司法機関である「検察には独立性・中立性がなければならない」という命題があることは理解できるはずです。

そして、独立性・中立性に分かりやすく影響を与えるのが、予算と人事です。現在、予算については国会で決められることになっており、検察人事については法務大臣と内閣のコントロール下にあることになっています。なぜ、独立性・中立性が求められる検察組織の人事が法務大臣と内閣のコントロール下にあるのかというと、これは、検察という極めて強大な権力組織に対して、選挙を通じた国民の意思を間接的に反映(シビリアンコントロール)するためです。

他方で、人事を掌握されると、検察の独立性・中立性へ甚大な影響を及ぼすことになります。そこで、「検察には独立性・中立性がなければならない」という命題を守るため、実際の人事については、検察側が作成し、総長の了承を得た人事案を大臣や内閣が追認することが慣例になっているのです。

この点は、非常に重要です。

検察の人事は、究極的には行政権のトップである内閣のコントロール下にあるけれども、内閣は「検察には独立性・中立性がなければならない」という命題に配慮して、検察が作成した人事案を追認するという運用にして、人事を通じた影響力をできる限り排除しようとしてきたのです。

これは、検察に対して内閣を通じたシビリアンコントロールを及ぼすべきという命題と「検察には独立性・中立性がなければならない」という命題の緊張関係を絶妙なバランスで保つ、美しいとすら思える(?)運用なのです。

今回の、内閣が検察の役職定年を延長できるという法改正は、このバランスを大幅に崩して「検察には独立性・中立性がなければならない」という命題を大きく後退させるものです。

人は弱いものです。優秀な検察官といえども、一度就いた役職にはできる限り長く留まりたいと考えるのが普通でしょう。そう思うこと自体は仕方のないことですのが、そういう「欲」はとても強いため、単に知性や理性で「同じ人が同じ役職に長く留まらないようにする」と期待することはナンセンスで、必要なのは、同じ人が同じ役職に長く留まらないようにする「仕組み」です。

この仕組みの1つこそ、検察庁法に定められた役職定年です。

国家公務員法で定められている内閣の判断による定年延長が、国家公務員法の特別法である検察庁法にはないというのは、まさに、同じ人が同じ役職に長く留まらないようにするための仕組みなのです。

その意味では、今回の検察庁法改正案の内容として検察の役職定年を「延長できる」ということ自体がこの仕組みを緩くするものであり危険なのですが、更に危険なのは、延長できる権限が「内閣にある」とされていることです。

役職定年を延長できる権限を内閣が持っているとなれば、どうしても内閣に忖度したくなってしまうのが人情であり、下手すればあからさまに内閣の意向を気にして、政治家の被疑事実について起訴するかしないかを判断するような自体が生じかねません。まさに、そのような仕組みのせいで、検察の独立性・中立性が損なわれる自体が生じかねないということです。

繰り返しますが、大切なのは、仕組みです。どんなに崇高な理念を掲げても、仕組みがなければ人は理念を守れない弱い生き物なのです。

今回の検察庁法改正法案は、「内閣の判断で」「定年延長できる」という二重の意味で仕組み自体を弱体化するものですが、特に前者は「検察には独立性・中立性がなければならない」という命題を大きく後退させるものであり、控えめにいっても非常に問題があるものと言わざるを得ない、というわけです。

 

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馬場 龍行 弁護士
弁護士法人 エース
代表弁護士馬場 龍行
所属弁護士会第一東京弁護士会