相続が発生し、財産総額が一定額を超えると相続税の申告・納税が必要になります。「うちは大した財産はないから関係ない」と思っていても、不動産の評価額や生命保険金を含めると、意外と基礎控除を超えるケースも少なくありません。
特に平成27年の税制改正で基礎控除が4割削減されて以降、相続税の課税対象者は約2倍に増加しました。あなたも他人事ではないかもしれません。
しかし、相続税には様々な控除制度や特例があり、適切に活用すれば大幅な節税が可能です。配偶者なら1億6,000万円まで非課税、自宅の土地は80%減額など、知っているかどうかで納税額に大きな差が出ます。
本記事では、相続税の基礎控除の仕組みから、具体的な計算方法、各種控除制度、申告手続きの流れまで分かりやすく解説します。税理士に依頼すべきかどうかの判断基準についても説明しますので、相続税申告の全体像を把握してください。
なお、相続の基礎知識から具体的な手続きまで網羅的に解説した総合ガイドでは、相続税以外の手続きについても詳しく解説しています。
目次
あなたの状況はどれに当てはまりますか?
まずは、あなたのケースで相続税申告が必要かどうか確認しましょう。
→ まずは生命保険金の相続税上の扱いを確認しましょう
□ 特例(配偶者控除、小規模宅地特例)を使えば非課税になりそう
→ 各特例の要件を詳しく確認することが重要です
□ 申告の要否判断や税額計算が難しい
→ 専門家への相談タイミングをご確認ください
□ 相続税以外の手続きも同時進行で対応したい
→ 相続開始後の手続きスケジュールをご覧ください
1. 相続税の基礎知識と課税される財産
相続税は、亡くなった方の財産を相続した時に課税される税金です。基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人数)を超える場合に申告義務が生じます。課税対象は、不動産、預貯金、株式などの本来の相続財産に加え、生命保険金や死亡退職金などのみなし相続財産、相続開始前3年以内の贈与財産も含まれます。一方、墓地や仏壇などの非課税財産、債務・葬式費用は控除できます。正確な財産評価が相続税計算の第一歩となります。
1-1. 相続税が課税される仕組み
相続税は、すべての相続に課税されるわけではありません。一定の基礎控除額を超える場合にのみ課税される仕組みになっています。
相続税の課税の流れ
- 相続財産の総額を計算
- 債務・葬式費用を控除
- 基礎控除額を差し引く
- 残額がプラスなら相続税の申告が必要
基礎控除額の計算式
例えば、法定相続人が配偶者と子2人の計3人の場合:
- 基礎控除額 = 3,000万円 + 600万円 × 3人 = 4,800万円
この4,800万円までは相続税がかかりません。
税制改正の影響
平成27年1月1日以降の相続から、基礎控除額が大幅に引き下げられました。
- 改正前:5,000万円 + 1,000万円 × 法定相続人数
- 改正後:3,000万円 + 600万円 × 法定相続人数
この改正により、相続税の課税対象者は約2倍に増加しました。
1-2. 課税対象となる財産の種類
相続税の課税対象となる財産は、大きく4つに分類されます。
1. 本来の相続財産
被相続人が所有していた財産すべて
- 不動産(土地・建物)
- 預貯金
- 有価証券(株式・投資信託等)
- 動産(自動車・貴金属・美術品等)
- その他の財産(ゴルフ会員権・貸付金等)
2. みなし相続財産
民法上は相続財産ではないが、税法上は相続財産とみなされるもの
- 生命保険金(被相続人が保険料負担)
- 死亡退職金・功労金
- 生命保険契約に関する権利
- 定期金に関する権利
3. 相続開始前3年以内の贈与財産
- 相続人が受けた贈与は自動的に加算
- 暦年贈与の110万円控除後の金額も含む
4. 相続時精算課税制度による贈与財産
- 過去に受けたすべての贈与財産
- 贈与時の価額で加算
これらの財産は、国内・国外を問わずすべて課税対象となります。
1-3. 非課税財産と債務控除
相続税がかからない財産と、相続財産から差し引ける債務があります。
非課税財産
1. 祭祀財産
- 墓地、墓石、霊廟
- 仏壇、仏具、神具
- 位牌、仏像
2. 公益事業用財産
- 宗教、慈善、学術等の公益事業用財産
- 相続税申告期限までに公益事業に使用
3. 心身障害者扶養共済制度の給付金
4. 国等への寄付財産
- 相続税申告期限までに寄付したもの
債務控除できるもの
正確な財産評価と債務控除により、課税価格を適正に算出することが重要です。
2. 基礎控除と法定相続人の数え方
相続税の基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算します。法定相続人の数は、相続放棄があっても放棄がなかったものとして数え、養子は実子がいる場合1人まで、いない場合2人までカウントします。代襲相続人も法定相続人に含まれます。例えば、配偶者と子2人なら基礎控除は4,800万円となります。この基礎控除を超えるかどうかが、相続税申告の必要性を判断する第一の基準となります。正確な法定相続人の把握が重要です。
2-1. 基礎控除額の計算方法
基礎控除額の計算は、相続税申告の要否を判断する最初のステップです。
計算式の詳細
具体的な計算例
申告要否の判定例
例:相続財産6,000万円、債務500万円、葬式費用200万円、法定相続人3人
- 正味財産:6,000万円 – 500万円 – 200万円 = 5,300万円
- 基礎控除:3,000万円 + 600万円 × 3人 = 4,800万円
- 課税遺産総額:5,300万円 – 4,800万円 = 500万円(申告必要)
2-2. 法定相続人の数え方の特例
法定相続人の数は、単純に相続する人の数ではありません。税法上の特別なルールがあります。
1. 相続放棄者の取り扱い
- 相続放棄をしても法定相続人の数に含める
- 基礎控除額の計算上は「放棄がなかったもの」として扱う
- 生命保険金等の非課税枠の計算でも同様
2. 養子の人数制限
- 実子がいる場合:養子は1人まで
- 実子がいない場合:養子は2人まで
- 特別養子縁組の子は実子として扱う
- 配偶者の連れ子で養子縁組した子は実子扱い
3. 代襲相続人の扱い
- 代襲相続人は人数制限なし
- 被代襲者1人につき何人でもカウント可能
4. 相続欠格・廃除者
- 法定相続人の数に含めない
- その子が代襲相続人となる場合は含める
計算例
被相続人に配偶者、実子1人、養子3人、相続放棄した兄がいる場合
- 配偶者:1人
- 実子:1人
- 養子:1人(実子がいるため1人まで)
- 相続放棄した兄:カウントしない(第3順位のため)
- 合計:3人
2-3. 相続人の確定と戸籍調査
法定相続人を確定するには、戸籍調査が必要不可欠です。
戸籍調査の目的
- 法定相続人の確定
- 認知された子の有無確認
- 養子縁組の確認
- 相続関係説明図の作成
必要な戸籍謄本
- 被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍
- 相続人全員の現在の戸籍謄本
- 被代襲者の死亡記載のある戸籍(代襲相続の場合)
調査で判明する可能性のある事実
- 前婚の子の存在
- 認知した子の存在
- 養子縁組の事実
- 相続欠格・廃除の記録
3. 相続税の計算方法と税率
相続税の計算は、①課税遺産総額の算出、②法定相続分で仮分割、③相続税の総額計算、④実際の取得割合で按分という流れです。税率は10%から最高55%の累進税率で、取得金額が多いほど税率が上がります。配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を適用すれば、大幅な節税が可能です。特に配偶者は1億6,000万円または法定相続分まで非課税となるため、一次相続では相続税がかからないケースも多くあります。
3-1. 相続税計算の4ステップ
相続税の計算は複雑に見えますが、以下の4つのステップで進めます。
計算例
- 正味の遺産額:1億円
- 法定相続人:配偶者と子2人
- 基礎控除:4,800万円
- 課税遺産総額:5,200万円
法定相続分での仮分割:
- 配偶者:5,200万円 × 1/2 = 2,600万円
- 子A:5,200万円 × 1/4 = 1,300万円
- 子B:5,200万円 × 1/4 = 1,300万円
3-2. 相続税の速算表と計算例
相続税は累進税率で、取得金額が多いほど税率が高くなります。
前述の例の税額計算
- 配偶者:2,600万円 × 15% – 50万円 = 340万円
- 子A:1,300万円 × 15% – 50万円 = 145万円
- 子B:1,300万円 × 15% – 50万円 = 145万円
- 相続税の総額:340万円 + 145万円 + 145万円 = 630万円
実際の分割が法定相続分と異なる場合
配偶者が全財産を取得した場合でも、相続税の総額630万円は変わりません。この630万円を実際の取得割合(配偶者100%)で按分するため、配偶者の相続税額は630万円となります(ただし、配偶者の税額軽減により実際の納税額は0円)。
3-3. 2割加算と税額控除
相続税には、相続人の立場により税額が加算される制度と、各種の税額控除があります。
2割加算の対象者
以下の人が財産を取得した場合、相続税額が2割加算されます。
- 兄弟姉妹
- 甥・姪
- 祖父母(代襲相続人を除く)
- 第三者(遺贈を受けた他人)
2割加算されない人
- 配偶者
- 子(養子を含む)
- 代襲相続人となった孫
- 父母
主な税額控除
1. 配偶者の税額軽減
- 1億6,000万円または法定相続分のいずれか多い金額まで非課税
2. 未成年者控除
- (20歳 – 相続時の年齢)× 10万円
3. 障害者控除
- 一般障害者:(85歳 – 相続時の年齢)× 10万円
- 特別障害者:(85歳 – 相続時の年齢)× 20万円
4. 相次相続控除
- 10年以内に相次いで相続が発生した場合
- 前回の相続税額の一定割合を控除
5. 外国税額控除
- 国外財産に外国で相続税が課された場合
これらの控除を適用することで、実際の納税額は大幅に減少することがあります。
4. 主な控除制度と特例
相続税には様々な控除制度があり、適切に活用すれば大幅な節税が可能です。配偶者の税額軽減では1億6,000万円まで非課税、小規模宅地等の特例では自宅敷地330㎡まで80%減額されます。生命保険金と死亡退職金にはそれぞれ500万円×法定相続人数の非課税枠があります。また、未成年者控除、障害者控除、相次相続控除など、相続人の状況に応じた控除も用意されています。これらの特例は要件が厳格なため、適用可否の慎重な検討が必要です。
4-1. 配偶者の税額軽減と小規模宅地特例
相続税の特例の中でも、特に節税効果が大きい2つの制度を詳しく見ていきます。
配偶者の税額軽減
配偶者が取得した財産については、次のいずれか多い金額まで相続税がかかりません。
- 1億6,000万円
- 配偶者の法定相続分相当額
適用要件
- 法律上の配偶者であること(内縁関係は対象外)
- 相続税の申告期限までに遺産分割が確定していること
- 相続税申告書を提出すること
注意点
- 二次相続(配偶者が亡くなった時)の税負担を考慮
- 配偶者がすべて相続すると、子の相続時に税負担が重くなる可能性
小規模宅地等の特例
被相続人の自宅や事業用の土地について、一定面積まで評価額を減額できる特例です。
宅地の種類 | 限度面積 | 減額割合 |
---|---|---|
特定居住用宅地(自宅) | 330㎡ | 80% |
特定事業用宅地 | 400㎡ | 80% |
貸付事業用宅地 | 200㎡ | 50% |
自宅の土地の適用要件(主なもの)
1.配偶者が取得
:無条件で適用<
2.同居親族が取得
:申告期限まで居住・所有を継続
3.別居親族が取得
(家なき子特例):
- 相続開始前3年以内に自己所有の家に住んでいない
- 配偶者・同居親族がいない
計算例
自宅の土地:500㎡、評価額1億円の場合
- 特例適用面積:330㎡(限度面積)
- 適用対象評価額:1億円 × 330㎡/500㎡ = 6,600万円
- 減額:6,600万円 × 80% = 5,280万円
- 特例適用後の評価額:1億円 – 5,280万円 = 4,720万円
4-2. 生命保険金・死亡退職金の非課税枠
生命保険金と死亡退職金には、それぞれ非課税枠が設けられています。
非課税限度額
生命保険金の非課税枠
- 被相続人が保険料を負担していた契約が対象
- 相続人が受け取った保険金のみ適用
- 相続放棄した人が受け取った分は対象外
計算例
法定相続人3人、生命保険金2,000万円を長男が受取
- 非課税限度額:500万円 × 3人 = 1,500万円
- 課税対象:2,000万円 – 1,500万円 = 500万円
死亡退職金の非課税枠
- 被相続人の死亡後3年以内に支給が確定したもの
- 生命保険金とは別枠で計算
活用のポイント
- 生前に生命保険に加入することで、相続税の節税が可能
- 現金を生命保険に変えることで、非課税枠を活用
- 受取人指定により、特定の相続人に確実に渡せる
4-3. その他の税額控除
相続人の状況に応じて、様々な税額控除が用意されています。
未成年者控除
- 1年未満の端数は1年として計算
- 控除額が本人の相続税額を超える場合、扶養義務者の相続税額から控除可能
障害者控除
- 一般障害者:(85歳 – 相続開始時の年齢) × 10万円
- 特別障害者:(85歳 – 相続開始時の年齢) × 20万円
相次相続控除
今回の相続(二次相続)の開始前10年以内に、被相続人が相続により財産を取得し相続税を納めていた場合の控除です。
控除額の計算は複雑ですが、概ね以下の要素で決まります:
- 前回の相続税額
- 前回から今回までの経過年数
- 今回の相続で取得した財産の割合
贈与税額控除
相続開始前3年以内の贈与財産に課された贈与税は、相続税額から控除できます。
これらの控除を漏れなく適用することで、納税額を最小限に抑えることができます。
5. 相続税申告の手続きと注意点
相続税の申告期限は相続開始を知った日の翌日から10か月以内で、被相続人の住所地の税務署に提出します。期限内に遺産分割が決まらない場合でも、法定相続分で仮申告が必要です。必要書類は申告書の他、戸籍謄本、遺産分割協議書、財産評価の根拠資料など多岐にわたります。延納・物納制度もありますが要件が厳しく、基本は現金一括納付です。申告漏れにはペナルティがあるため、不安な場合は税理士への依頼を検討しましょう。
5-1. 申告期限と提出先
相続税の申告は、厳格な期限と提出先のルールがあります。
申告期限
- 相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内
- 通常は被相続人の死亡日の翌日から起算
期限日の例
- 令和6年4月15日死亡 → 令和7年2月15日が申告期限
- 期限日が土日祝日の場合は、翌平日が期限
提出先
- 被相続人の死亡時の住所地を管轄する税務署
- 相続人の住所地ではないことに注意
期限延長について
原則として期限延長は認められませんが、以下の場合は2か月の延長が可能:
- 相続人の認知・廃除があった場合
- 遺留分減殺請求があった場合
- 相続人の異動があった場合
期限を過ぎた場合のペナルティ
- 無申告加算税:15%(税額50万円超の部分は20%)
- 延滞税:年率2.4%〜8.7%(令和6年)
5-2. 必要書類と作成のポイント
相続税申告には多くの書類が必要です。事前に準備を進めることが重要です。
相続税申告書類一式
- 第1表:相続税の申告書
- 第2表:相続税の総額の計算書
- 第4表〜第8表:各種特例適用の計算明細
- 第9表〜第15表:財産の明細書
添付書類チェックリスト
マイナンバー関係
- 申告書にマイナンバーの記載が必要
- 本人確認書類の提示または写しの添付
書類作成のポイント
- 財産の記載漏れがないよう、財産目録を作成
- 特例適用は要件を満たすことを確認
- 計算過程を明確にし、根拠資料を整理
5-3. 税理士に依頼すべきケース
相続税申告は複雑なため、以下のような場合は税理士への依頼を強く推奨します。
税理士依頼を推奨するケース
1. 財産額が大きい場合
- 遺産総額が1億円を超える
- 相続税額が高額になる見込み
2. 財産構成が複雑な場合
- 不動産が複数ある
- 非上場株式を保有
- 海外資産がある
3. 特例適用を検討する場合
- 小規模宅地等の特例
- 農地の納税猶予
- 事業承継税制
4. その他の事情
- 相続人間で争いがある
- 申告期限まで時間がない
- 相続財産の評価が困難
税理士報酬の相場
- 遺産総額の0.5%〜1.0%程度
- 最低報酬:30万円〜50万円
- 財産評価や特例適用で追加報酬
税理士に依頼するメリット
- 適正な財産評価による節税
- 特例の適用漏れ防止
- 税務調査リスクの軽減
- 書類作成の手間削減
報酬以上の節税効果が期待できることが多いため、費用対効果を考慮して検討することが重要です。
6. まとめ:相続税を適切に申告・納税するために
相続税は、基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人数)を超える場合に申告が必要となります。計算は複雑ですが、①課税遺産総額の算出、②法定相続分での仮分割、③税率適用、④実際の取得割合で按分という流れを理解すれば、概算は可能です。
重要なのは、各種控除制度を最大限活用することです。配偶者の税額軽減、小規模宅地等の特例、生命保険金の非課税枠などを適切に使えば、相続税を大幅に軽減できます。ただし、特例の適用要件は厳格なため、慎重な検討が必要です。
申告期限は10か月と長いようで短く、相続開始後の各種手続きと並行して進める必要があります。特に準確定申告は4か月以内のため、優先的に対応しましょう。
財産評価や特例適用で迷った場合は、早めに税理士に相談することをお勧めします。専門家への依頼には費用がかかりますが、適正な申告により節税効果も期待できます。
なお、生命保険金の非課税枠や生前贈与による対策など、生前からできる節税対策もあります。相続手続き全体を見据えて、計画的に対応することが大切です。
相続税は適切な知識と準備により、大幅に軽減できる可能性があります。この記事を参考に、あなたの状況に応じた最適な対策を進めていきましょう。