故人が海外に不動産や預金を保有しており、相続手続きが必要になった。日本での相続手続きとは何が違うのか、現地の法律や税金はどうなるのか、言語の壁もあり不安は尽きません。
海外資産の相続は「国際相続」と呼ばれ、各国の法制度が異なるため複雑です。しかし、基本的な考え方と手続きの流れを理解すれば、着実に進めることができます。
本記事では、海外資産がある場合の相続の基本ルールから、主要国での手続き方法、税務上の注意点、実務的な対処法まで、専門家の視点から詳しく解説します。
グローバル化が進む現代において、海外資産の相続は決して特殊なケースではありません。適切な知識と準備により、スムーズな相続手続きを実現できます。
相続の基本については、相続手続きの総合ガイドもご参照ください。
目次
あなたの状況を確認しましょう
以下の項目を確認して、海外資産相続の準備状況を把握しましょう。
【海外資産がある場合の確認事項】
- 海外にどのような資産があるか把握している
- 現地の相続法について基本的な知識がある
- 必要書類の準備を始めている
- 現地の専門家との連絡方法を検討している
- 相続税の二重課税について理解している
1. 国際相続の基本的な考え方と準拠法
「父がハワイにコンドミニアムを持っていた」「母の香港の銀行口座をどう相続すればいいのか」このような状況に直面したとき、まず理解すべきは国際相続の基本ルールです。日本の相続とは異なる考え方があることを知ることから始めましょう。
1-1. 相続準拠法の決定:どこの国の法律が適用されるか
国際相続で最初に直面する問題は、「どこの国の法律に従って相続手続きを進めるか」ということです。これを「準拠法」の問題といいます。
日本の国際私法のルール
日本の法の適用に関する通則法第36条では、「相続は、被相続人の本国法による」と定められています。つまり、日本人が亡くなった場合、その相続は日本法に従うのが原則です。
1. 不動産の相続
多くの国では「不動産は所在地法による」という原則を採用しています。
- ハワイの不動産 → アメリカ(ハワイ州)法
- ロンドンの不動産 → イギリス法
- バンコクのコンドミニアム → タイ法
2. 動産の相続
預金、株式などの動産は、被相続人の本国法または住所地法によることが多いです。
具体例で理解する
日本人Aさんが以下の財産を残して死亡:
- 東京の自宅 → 日本法で相続
- ハワイのコンドミニアム → ハワイ州法で相続
- 香港の銀行預金 → 日本法または香港法(銀行の扱いによる)
このように、一つの相続で複数の国の法律が関わることを「相続の分割主義」といいます。統一的に処理できないため、手続きが複雑になるのです。
1-2. プロベート(検認手続き)制度の理解
英米法系の国(アメリカ、イギリス、オーストラリア、シンガポールなど)では、「プロベート」という日本にはない制度があります。
プロベートとは
裁判所が相続財産の管理・分配を監督する手続きです。この手続きを経なければ、相続人は財産を取得できません。
プロベートの流れ(米国の例)
- 裁判所への申立て
- 遺言執行者または遺産管理人の選任
- 相続財産の調査・評価
- 債権者への公告・弁済
- 税金の支払い
- 残余財産の相続人への分配
プロベートの問題点
- 時間がかかる(6か月~2年以上)
- 費用が高い(遺産総額の3~5%)
- 手続きが公開される(プライバシーの問題)
プロベート回避の方法
1. リビングトラスト(生前信託)
- 生前に信託を設定し、財産を移転
- 死亡時に自動的に受益者へ
2. ジョイントテナンシー(合有)
- 夫婦などで共同所有
- 生存者が自動的に取得
3. 受益者指定
- 銀行口座、生命保険など
- 指定された受益者が直接取得
1-3. 相続人の範囲と相続分の違い
国により、誰が相続人になるか、どれだけ相続するかが大きく異なります。
主要国の比較
国 | 配偶者の相続分 | 子の相続分 | 特徴 |
---|---|---|---|
日本 | 1/2 | 1/2を均等分割 | 法定相続分が明確 |
韓国 | 子と同順位で均等 | 配偶者と均等 | 配偶者の地位が異なる |
中国 | 第一順位で均等 | 配偶者と均等 | 父母も第一順位 |
アメリカ | 州により異なる | 州により異なる | 遺言優先の文化 |
フランス | 1/4(用益権) | 3/4 | 遺留分制度あり |
- 現地法での相続人確定が必要
- 日本の相続人と一致しないことがある
- 遺言の有無で大きく変わる国も
例えば、アメリカでは遺言がない場合の法定相続(intestacy)のルールは州ごとに異なり、配偶者がすべて相続する州もあれば、子と分ける州もあります。
2. 主要国別の相続手続きの特徴と流れ
海外資産の相続手続きは、国により大きく異なります。ここでは、日本人が資産を保有することが多い主要国の手続きを具体的に解説します。
2-1. アメリカ(ハワイ・カリフォルニア州)の相続手続き
アメリカでは州により法律が異なりますが、基本的にプロベート(裁判所の検認手続き)が必要です。
プロベート手続きの概要
- 裁判所への申立て → 遺産管理人の選任
- 財産調査・債権者への公告(4か月)
- 税金の支払い・財産の分配
重要ポイント
- 期間:9か月~2年
- 費用:遺産総額の3~5%
- 小規模遺産(ハワイ10万ドル以下、カリフォルニア16.65万ドル以下)は簡易手続き可能
- 連邦遺産税は1,206万ドル超から課税
プロベート回避策
リビングトラスト、ジョイントテナンシー(合有)など
2-2. 中国・韓国・東南アジアの相続手続き
中国
- 公証処(公証役場)での相続権公証が必要
- 全相続人の合意が原則
- 外国人の不動産所有は制限あり
- 必要書類はすべて領事認証要
韓国
- 日本と類似の戸籍制度あり
- 相続税申告は6か月以内
- 相続税率が高い(最高50%)
東南アジア
- シンガポール・マレーシア:英国式プロベート制度
- タイ:外国人の土地所有禁止(コンドミニアムは可)
- フィリピン:不動産は裁判所手続き必要
2-3. ヨーロッパ(イギリス・フランス)の相続手続き
イギリス
- プロベート制度(Grant of Probate)
- 相続税40%(32.5万ポンド超)
- 期間は3~6か月と比較的迅速
フランス
- 公証人(Notaire)が手続きの中心
- 不動産は必ず公証人経由
- 遺留分制度が厳格
EU相続規則(2015年~)
最後の常居所地法が原則、欧州相続証明書で手続き簡素化
3. 海外資産の調査方法と必要書類
海外資産の存在は分かっても、詳細が不明なケースは多くあります。言語の壁もあり、調査は困難ですが、体系的なアプローチで進めることが重要です。
3-1. 海外銀行口座・証券口座の調査手順
海外の金融資産の調査は、日本以上にプライバシー保護が厳格なため、慎重な対応が必要です。
調査の第一歩:被相続人の書類の確認
金融機関への照会方法
1. 死亡証明書の翻訳
- 英訳または現地語訳を用意
2. 相続人であることの証明
- 戸籍謄本の翻訳
- 宣誓供述書(Affidavit)
3. 本人確認書類
- パスポートなどの身分証明書を準備
照会の手順
- まずはE-mailか書面で連絡
- 必要書類の確認
- 正式な書類の提出
- 口座の凍結と残高証明書の発行依頼
国別の特徴
- アメリカ:Social Security Number(社会保障番号)が重要
- スイス:銀行秘密が厳格、死亡証明書の認証必要
- シンガポール:比較的協力的、ただし正式書類は必須
- 香港:英語対応可、手続きは比較的スムーズ
3-2. 海外不動産の権利関係の確認方法
不動産は国により登記制度が大きく異なるため、現地の制度を理解することが重要です。日本の不動産相続登記の手続きを理解している方も、海外は別物と考えてください。
アメリカの不動産調査
権利関係の確認方法
1. County Recorder’s Office(郡登記所)での調査
- Deed(権利証)の確認
- Title Search(権原調査)の実施
2. Tax Assessor’s Office(税務査定官事務所)
- 固定資産税の納税状況
- 評価額の確認
必要な情報
- Property Address(物件住所)
- Parcel Number(区画番号)
- Owner’s Name(所有者名)
Title Company(権原保険会社)の活用
- 権利関係の詳細調査
- Title Insurance(権原保険)の確認
- 相続手続きのサポート
アジア各国の不動産調査
中国
- 不動産登記センターで確認
- 「房産証」(不動産権利証)が重要
- 外国人所有の制限に注意
タイ
- Land Department(土地局)で確認
- Title Deed(権利証)の種類を確認
- 外国人はコンドミニアムのみ所有可
シンガポール
- Singapore Land Authority(SLA)で確認
- オンラインでも検索可能
- 比較的透明性の高いシステム
3-3. 必要書類の準備と認証手続き(アポスティーユ等)
海外での相続手続きには、日本の公文書に認証が必要です。この認証手続きを怠ると、現地で書類が受理されません。
アポスティーユ(Apostille)とは
ハーグ条約に基づく外務省の認証で、加盟国間では大使館・領事館の認証が不要になります。
アポスティーユ取得の流れ
1. 公文書の取得
- 戸籍謄本
- 死亡証明書
- 印鑑証明書など
2. 外務省への申請
- 窓口申請(東京・大阪)
- 郵送申請も可能
- 手数料無料
3. 所要日数
- 窓口:即日~翌日
- 郵送:1週間程度
アポスティーユ対象国(主要国)
アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、オーストラリア、韓国など
非加盟国(領事認証が必要)
中国、カナダ、タイ、シンガポールなど
領事認証の手続き
- 公証役場で公証
- 法務局で認証
- 外務省で認証
- 大使館・領事館で認証
翻訳の注意点
- 翻訳者の資格(宣誓翻訳者等)が必要な国も
- 翻訳証明書の添付
- 現地語への翻訳が原則
書類準備のチェックリスト
書類名 | 日本語 | 翻訳 | 認証 |
---|---|---|---|
死亡証明書 | ○ | 要 | 要 |
戸籍謄本 | ○ | 要 | 要 |
遺産分割協議書 | ○ | 要 | 要 |
印鑑証明書 | ○ | 要 | 要 |
委任状 | ○ | 要 | 要 |
4. 国際相続における税務の注意点
海外資産の相続では、日本と現地の両方で税金が課される可能性があります。株式の相続税評価での国内資産の評価とは異なる複雑さがあります。
4-1. 日本と外国の相続税の二重課税問題
海外資産も日本の相続税の対象となりますが、現地でも課税される場合、二重課税の問題が生じます。
二重課税が生じる仕組み
1. 日本の相続税
- 被相続人が日本居住者 → 全世界の財産に課税
- 相続人が日本居住者 → 取得財産に課税
2. 外国の相続税・遺産税
- 遺産税型(アメリカ、イギリス)→ 遺産総額に課税
- 相続税型(ドイツ、フランス)→ 相続人の取得額に課税
主要国の相続税率
国 | 最高税率 | 基礎控除 | 特徴 |
---|---|---|---|
日本 | 55% | 3,000万円+600万円×人数 | 累進課税 |
アメリカ | 40% | 1,206万ドル(約18億円) | 遺産税 |
イギリス | 40% | 32.5万ポンド(約5,500万円) | 定率 |
フランス | 45% | 10万ユーロ(直系) | 関係により異なる |
韓国 | 50% | 基礎控除あり | 日本より高率 |
外国税額控除制度
日本の相続税法では、外国で支払った相続税を一定限度で控除できます。
控除額の計算
注意点
- 控除限度額を超える部分は控除不可
- 租税条約がある国は条約が優先
- 必要書類(外国税の納税証明等)の準備
租税条約の活用
日本は多くの国と租税条約を締結しており、二重課税の調整規定があります。
主な内容
- 課税権の配分
- 税率の制限
- 相互協議手続き
4-2. 海外資産の相続税評価と為替レート
海外資産を日本の相続税申告でどう評価するかは、実務上重要な問題です。
基本的な評価方法
1. 現地での評価額を確定
- 不動産:現地の評価方法に従う
- 預金:残高証明書の金額
- 株式:相続開始日の時価
2. 円換算
- 相続開始日のTTB(対顧客直物電信買相場)
- 各金融機関の公表レート使用
不動産の評価方法(国別)
アメリカ
- Fair Market Value(公正市場価値)
- 不動産鑑定士による評価
- Property Taxの評価額は参考程度
中国
- 政府の評価額が存在
- ただし、実勢価格との乖離大
- 専門家の意見書も取得推奨
ヨーロッパ
- 国により評価方法が異なる
- 不動産鑑定が一般的
- 取引事例との比較
評価額の証明書類
- 不動産鑑定書(Appraisal Report)
- 残高証明書(Bank Statement)
- 評価証明書(Valuation Certificate)
為替リスクへの対応
- 相続開始日のレートで確定
- その後の変動は考慮されない
- 早期の換金も選択肢
4-3. 国外財産調書・財産債務調書への記載
相続により取得した海外資産は、各種調書への記載義務があります。
国外財産調書(12月31日時点で5,000万円超)
記載事項
- 財産の種類、数量、価額
- 所在地(国名、詳細住所)
- その他参考事項
提出期限
翌年3月15日
財産債務調書(総資産3億円以上等)
対象者
- 総資産3億円以上、または
- 所得2,000万円超かつ総資産1億円以上
記載内容
国内外すべての財産債務
- 不提出・虚偽記載:1年以下の懲役または50万円以下の罰金
- 過少申告加算税の加重・軽減措置
実務上の注意点
- 評価額の根拠資料を保管
- 継続的な記載が必要
- 税理士との連携推奨
5. 実務的な対処法と専門家の活用
海外資産の相続は、一人で対応するには限界があります。適切な専門家との連携が成功の鍵となります。
5-1. 現地専門家(弁護士・会計士)との連携方法
海外での相続手続きには、現地の法律・税務の専門家の協力が不可欠です。
現地専門家の探し方
1. 日本の専門家からの紹介
- 国際相続に強い弁護士・税理士
- 提携先のネットワーク活用
- 実績のある専門家を推薦
2. 在外日本領事館の情報
- 日本語対応可能な弁護士リスト
- ただし、推薦ではない点に注意
- 複数から選択することが重要
3. 現地日本人会・商工会議所
- 実際の利用者の評判
- 日本企業との取引実績
- 料金相場の情報
選定のポイント
- 相続案件の経験
- 日本の相続との違いの理解
- 料金体系の明確さ
- コミュニケーション能力
費用の目安(時間制)
国・地域 | 弁護士費用 | 会計士費用 |
---|---|---|
アメリカ | $300-500/時間 | $200-400/時間 |
イギリス | £200-400/時間 | £150-300/時間 |
シンガポール | S$400-600/時間 | S$300-500/時間 |
香港 | HK$3,000-5,000/時間 | HK$2,000-4,000/時間 |
コミュニケーションの工夫
- 時差を考慮したスケジュール
- メール・ビデオ会議の活用
- 重要事項は書面で確認
- 通訳・翻訳サービスの活用
5-2. 手続きの優先順位と期限管理
複数の国での手続きを並行して進めるには、優先順位付けと期限管理が重要です。
優先順位の考え方
1. 第一優先:相続税申告に必要な手続き
- 財産評価額の確定
- 必要書類の取得
- 日本の申告期限(10か月)厳守
2. 第二優先:資産保全のための手続き
- 銀行口座の凍結確認
- 不動産の管理体制
- 保険の継続手続き
3. 第三優先:名義変更・換金手続き
- プロベート等の完了後
- 市況を見ながら実施
スケジュール管理表の例
時期 | 日本 | アメリカ | その他 |
---|---|---|---|
1-2か月 | 相続人確定 | プロベート申立準備 | 資産調査 |
3-4か月 | 財産評価 | プロベート開始 | 書類認証 |
5-6か月 | 遺産分割協議 | 債権者公告 | 現地との調整 |
7-8か月 | 相続税申告準備 | 財産評価完了 | 税務調整 |
9-10か月 | 相続税申告 | 分配準備 | - |
11か月以降 | - | 財産分配 | 名義変更 |
- 各国の期限を一覧化
- バッファを持たせた計画
- 定期的な進捗確認
5-3. トラブル事例と回避策
実際によく起こるトラブルと、その回避方法を知っておくことが重要です。
トラブル事例1:共同名義(Joint Tenancy)の誤解
問題
- 夫婦でハワイの不動産を共同名義で所有
- 夫の死亡により妻が自動的に取得
- 日本の相続人(子)が遺留分を主張
対策
- 購入時に名義形態を慎重に選択
- Joint Tenancy with Right of Survivorship の理解
- 遺留分への配慮(他の財産で調整)
トラブル事例2:現地の内縁配偶者の存在
問題
- 駐在中に現地で事実婚関係
- 現地法では配偶者として権利主張
- 日本の家族との対立
対策
- 生前の財産整理
- 現地での遺言作成
- 関係者への説明
トラブル事例3:租税回避地(タックスヘイブン)の資産凍結
問題
- 租税回避目的と疑われ調査
- 情報開示に時間がかかる
- 相続税申告期限に間に合わない
対策
- 適法性の証明書類の準備
- 早期の情報開示
- 専門家による適切な説明
生前対策の重要性
6. まとめ:海外資産相続を成功に導くために
海外資産がある場合の相続は、各国の法制度の違いから複雑に見えますが、基本的な流れを理解すれば対処可能です。
重要ポイントのおさらい
1. 準拠法の確認
- 不動産は所在地法
- 動産は被相続人の本国法または住所地法
2. 現地の手続き理解
- プロベート制度(英米法系)
- 公証人制度(大陸法系)
3. 必要書類の準備
- 認証手続き(アポスティーユ等)
- 翻訳の必要性
税務面での注意事項
二重課税の問題に注意が必要です。外国税額控除制度を活用しつつ、現地と日本の両方で適切に申告することが重要です。海外資産の評価は為替レートの影響も受けるため、専門的な知識が求められます。
成功のカギ
実務的には、現地専門家との連携が成功の鍵となります。言語の壁、法制度の違い、時差などの課題はありますが、経験豊富な専門家のサポートにより乗り越えられます。優先順位を明確にし、日本の相続税申告期限を守りながら、着実に手続きを進めることが大切です。
生前対策の重要性
海外資産をお持ちの方は、生前から現地での相続対策(信託設定等)を検討することで、相続人の負担を大幅に軽減できます。資産のグローバル化が進む中、国際相続への対応は避けて通れません。早めの情報収集と専門家への相談により、スムーズな相続手続きを実現しましょう。