遺言書を作成した後、「どこに保管すれば安全か」「家族にどう伝えればいいか」という悩みを抱える方は少なくありません。せっかく時間をかけて作成した遺言書も、適切に保管されなければ意味がありません。また、遺言書を発見した相続人にとって、「検認手続きが必要か」「手続きを怠るとどうなるか」「どこに申し立てればいいか」という疑問も重要です。
遺言書は適切に保管されなければ、紛失や改ざんのリスクがあり、せっかく作成した遺言者の意思が無駄になってしまいます。一方で、検認手続きを怠ると法的なペナルティもあるため、正しい知識が必要です。
本記事では、遺言書の安全な保管方法から2020年に始まった法務局保管制度、検認手続きの詳細な流れまで、実務的な観点から解説します。遺言書の基本的な作成方法については、遺言書の種類と正しい書き方もご参照ください。

この記事をSNSでシェア


1. 遺言書保管の重要性とリスク

遺言書は作成して終わりではありません。適切に保管され、相続時に確実に発見・執行されて初めて遺言者の意思が実現されます。保管方法を間違えると、様々なリスクが発生する可能性があります。

1-1. 紛失・破損・災害リスク

自宅保管での紛失リスク

多くの方が遺言書を自宅で保管していますが、これには様々なリスクがあります。
主な紛失・破損リスク

  • 火災による焼失:住宅火災により遺言書が燃えてしまうケース
  • 水害による破損:台風・洪水により遺言書が水濡れで判読不能になるケース
  • 地震による紛失:家屋倒壊により遺言書の在り処が分からなくなるケース
  • 経年劣化:長期間の保管により紙が劣化し、文字が読めなくなるケース

保管場所を忘れるリスク

高齢になると、遺言書をどこに保管したか忘れてしまうことがあります。

  • 認知症による記憶喪失:遺言書の存在自体を忘れてしまう
  • 複数箇所への分散保管:安全性を考えて複数箇所に保管し、場所が分からなくなる
  • 家族への伝達不足:保管場所を誰にも伝えていない
実際の事例:東日本大震災では、多くの遺言書が津波により失われました。また、阪神・淡路大震災でも同様のケースが報告されており、災害大国である日本では自然災害リスクを軽視できません。

1-2. 改ざん・偽造・隠匿リスク

相続人による改ざんリスク

自筆証書遺言は改ざんが比較的容易で、以下のようなリスクがあります:

  • 内容の書き換え:相続分や遺贈先の変更
  • 追記・削除:条項の追加や削除
  • 日付の変更:より有利な内容の遺言書の日付を新しく変更

遺言書の隠匿・破棄

自分に不利な内容の遺言書を発見した相続人が、遺言書を隠匿したり破棄したりするケースがあります。

  • 完全な破棄:遺言書を燃やしたり捨てたりして証拠隠滅
  • 一部隠匿:複数の遺言書がある場合、有利なもののみを提出
  • 発見の遅延:わざと遺言書の発見を遅らせ、法定相続での分割を既成事実化
刑事罰の対象:遺言書の隠匿・破棄は、相続欠格事由(民法891条5号)に該当し、相続権を失うだけでなく、刑法上の証拠隠滅罪にも該当する可能性があります。しかし、発覚しにくいのが現実です。

1-3. 発見されない・伝達されないリスク

遺言書の存在が知られていない場合

遺言書を作成したことを家族に伝えていない場合、以下のリスクがあります:

  • 法定相続での分割:遺言書が発見されず、法定相続分で遺産分割
  • 遺言者の意思無視:遺言者が望まない相続結果
  • 後日発見によるトラブル:分割後に遺言書が発見され、再度の争い

発見が遅れた場合の問題

  • 相続税申告への影響:申告期限(10ヶ月)に間に合わない可能性
  • 相続手続きの遅延:既に進行中の手続きを最初からやり直し
  • 家族関係の悪化:「なぜ早く教えてくれなかったのか」という不信
統計データ:家庭裁判所の統計によると、遺言書の検認申立件数は年間約2万件ですが、実際に作成された自筆証書遺言の数と比較すると、相当数の遺言書が発見されていない可能性があります。

これらのリスクを回避するためには、適切な保管方法の選択と家族への適切な伝達が不可欠です。


2. 遺言書の保管方法と選択基準

遺言書の保管方法にはそれぞれ異なる特徴があり、遺言者の状況に応じて最適な方法を選択することが重要です。各方法のメリット・デメリットを詳しく比較してみましょう。

2-1. 自宅保管と貸金庫保管の比較

自宅保管の方法

適切な保管場所の選択

  • 耐火金庫:火災・盗難に対する一定の安全性(年間1万円〜3万円)
  • 仏壇・神棚:家族が定期的に手を合わせる場所で発見されやすい
  • 書斎の机:重要書類と一緒に保管し、家族に場所を伝達
  • 避けるべき場所:タンス、押し入れ、床下収納など湿気の多い場所

自宅保管のメリット

  • 費用がかからない:保管場所にもよるが基本的に無料
  • いつでもアクセス可能:内容変更時にすぐに対応可能
  • 秘密性が高い:他人に知られることなく保管

自宅保管のデメリット

  • 災害リスク:火災・地震・水害による紛失・破損
  • 改ざんリスク:家族による内容変更の可能性
  • 発見リスク:適切に伝達されない場合の発見遅れ

貸金庫保管の特徴

利用方法と費用

  • 年間費用:5,000円〜20,000円(銀行・サイズにより異なる)
  • 契約手続き:本人確認、印鑑証明、年会費の支払い
  • アクセス時間:銀行営業時間内のみ(平日9時〜15時が一般的)

貸金庫保管のメリット

  • 高い安全性:火災・盗難・災害に対する保護
  • 改ざん防止:第三者によるアクセスが困難
  • 長期保管に適している:適切な温度・湿度管理

貸金庫保管のデメリット

  • 年間費用:継続的な費用負担
  • アクセス制限:営業時間内でないと取り出せない
  • 相続時の手続き:契約者死亡時の開扉手続きが複雑
相続時の貸金庫開扉手続き:
貸金庫の契約者が死亡した場合、以下の手続きが必要です:

  1. 相続人全員の同意または家庭裁判所の許可
  2. 相続関係を証明する戸籍謄本等の提出
  3. 金融機関所定の手続き(1週間〜1ヶ月程度)

2-2. 専門家・第三者への預託

弁護士・司法書士への預託

預託の仕組み

  • 保管契約:正式な契約書を交わして保管を依頼
  • 保管料:年間1万円〜3万円程度
  • 管理体制:事務所の金庫等で厳重管理

専門家預託のメリット

  • 高い安全性:専門家による適切な管理
  • 法的アドバイス:内容変更時の専門的助言
  • 相続時のスムーズな対応:遺言執行者としての役割も期待

専門家預託のデメリット

  • 費用負担:保管料と将来の報酬
  • 事務所の存続リスク:廃業・移転時の対応
  • 守秘義務の範囲:完全な秘密保持は困難

信頼できる親族への預託

預託時の注意点

  • 利害関係の確認:相続人でない親族が望ましい
  • 複数人への分散:1人に全てを任せるリスク回避
  • 書面での確認:預託内容を書面で明確化

親族預託のメリット

  • 費用がかからない:基本的に無料
  • 緊急時の対応:迅速なアクセスが可能
  • 信頼関係:長年の信頼関係に基づく安心感

親族預託のデメリット

  • 利害関係の発生:将来的な相続への影響
  • 守秘義務なし:法的な守秘義務はない
  • 紛失リスク:専門的な管理体制ではない

2-3. 各保管方法の費用対効果分析

費用比較表

保管方法 初期費用 年間費用 総費用(10年間)
自宅保管 0円 0円 0円
耐火金庫 3万円 0円 3万円
貸金庫 1万円 1万円 11万円
専門家預託 0円 2万円 20万円
法務局保管 3,900円 0円 3,900円

安全性・利便性の評価

保管方法 安全性 アクセス性 秘密性 総合評価
自宅保管 ★★☆ ★★★ ★★★ ★★☆
貸金庫 ★★★ ★☆☆ ★★★ ★★☆
専門家預託 ★★★ ★★☆ ★★☆ ★★☆
法務局保管 ★★★ ★★☆ ★★★ ★★★

状況別推奨方法

財産3,000万円未満・家族関係良好
→ 法務局保管制度が最適(低費用・高安全性)
財産3,000万円以上・複雑な家族関係
→ 専門家預託+遺言執行者依頼が最適
高齢・認知症リスクあり
→ 法務局保管または専門家預託(管理の継続性)
緊急性・頻繁な変更予定
→ 自宅保管(耐火金庫使用)が適している
遺言書の保管にお悩みですか?
あなたの状況に最適な保管方法をアドバイスします。法務局保管制度の利用方法もご案内いたします。
無料相談を予約する

3. 法務局保管制度の詳細と活用方法

2020年7月に開始された自筆証書遺言の法務局保管制度は、従来の保管リスクを大幅に軽減する画期的な制度です。制度の詳細と効果的な活用方法を解説します。

3-1. 申請手続きと必要書類

制度の概要

法務局保管制度は、自筆証書遺言を法務局で保管し、相続発生時には相続人に通知するサービスです。
申請要件

  • 遺言者本人の申請:代理申請は一切不可
  • 自筆証書遺言:公正証書遺言は対象外
  • 形式要件の確認:法務局で最低限の形式チェック

申請手続きの流れ

1. 事前準備

  • 管轄法務局の確認:遺言者の住所・本籍・所有不動産のいずれかの管轄
  • 予約:法務局のホームページまたは電話で事前予約
  • 必要書類の準備:下記の書類を事前に準備

2. 必要書類

  • 申請書:法務局指定の様式(ホームページからダウンロード可能)
  • 遺言書:A4サイズ、片面書き、各ページに通し番号
  • 本人確認書類:運転免許証、マイナンバーカード、パスポート等
  • 住民票の写し:発行から3ヶ月以内

3. 申請日当日の流れ

  1. 受付:予約時間に法務局へ出頭
  2. 本人確認:本人確認書類による厳格な確認
  3. 遺言書の確認:形式要件の基本的なチェック
  4. 手数料の支払い:3,900円(収入印紙)
  5. 保管証の交付:後日郵送または当日交付

遺言書の形式要件

法務局保管では以下の要件が必要です:

  • A4サイズの紙:縦書き・横書きは問わない
  • 片面書き:両面への記載は不可
  • 各ページに通し番号:「1/3、2/3、3/3」等
  • ホチキス等での綴じ禁止:ページは分離した状態で提出
  • 余白の確保:各辺に1.5cm以上の余白

3-2. 保管後の管理と通知サービス

保管証の管理

申請後に交付される「保管証」は重要な書類です:

  • 保管証の内容:保管番号、保管法務局、遺言者情報
  • 重要性:相続時の手続きに必要
  • 保管方法:貸金庫や耐火金庫等で安全に保管
  • 紛失時の対応:再交付可能(手数料300円)

遺言書の変更・撤回

  • 内容変更:新しい遺言書を作成し、古いものは撤回
  • 撤回手続き:遺言者本人が法務局で手続き(手数料300円)
  • 全部撤回:保管されている遺言書を返還
  • 一部撤回:該当部分のみを撤回(新しい遺言書で対応)

相続人への通知サービス

制度の大きな特徴の一つが通知サービスです:
関係遺言書保管通知

  • 通知時期:遺言者の死亡後、相続人等が遺言書保管事実証明書を請求した時
  • 通知対象:他の相続人、受遺者等
  • 通知内容:遺言書が保管されている事実(内容は通知されない)

遺言書の閲覧・写しの交付

  • 請求権者:相続人、受遺者、遺言執行者等
  • 必要書類:被相続人の死亡の記載がある戸籍謄本等
  • 手数料:閲覧1,400円、写しの交付1,400円
  • 全国対応:全国どこの法務局でも手続き可能

3-3. 制度の限界と注意点

法務局は内容を審査しない

重要な注意点として、法務局は以下のことは行いません:

  • 内容の適法性審査:遺言内容が法的に有効かは判断しない
  • 財産の存在確認:記載された財産が実在するかは確認しない
  • 相続人の確認:指定された相続人が適切かは審査しない

形式面の確認のみ

法務局が確認するのは以下の形式的要件のみです:

  • 自筆で書かれているか(財産目録除く)
  • 日付が記載されているか
  • 署名があるか
  • 押印があるか

利用できない遺言書

以下の遺言書は法務局保管制度を利用できません:

  • 公正証書遺言:公証役場で保管されるため
  • 秘密証書遺言:制度の対象外
  • 共同遺言:夫婦等が連名で作成した遺言書
  • 形式不備の遺言書:要件を満たさないもの

手続きの制約

  • 本人出頭必須:代理人による手続きは一切不可
  • 撤回時の出頭:撤回時も遺言者本人の出頭が必要
  • 営業時間の制限:平日の営業時間内のみ
これらの限界を理解した上で、制度を適切に活用することが重要です。

法務局保管制度を利用する前に、遺言書の種類と正しい書き方を確認して、確実な遺言書を作成しましょう。


4. 検認手続きの詳細な流れと実務

自筆証書遺言(法務局保管除く)や秘密証書遺言を発見した場合、家庭裁判所での検認手続きが必要です。手続きの詳細な流れと実務上の注意点を解説します。

4-1. 検認申立ての要件と手続き

検認手続きの目的

検認は以下の目的で行われる手続きです:

  • 遺言書の現状固定:改ざん・偽造を防ぐため現状を確定
  • 相続人への告知:遺言書の存在と内容を相続人に知らせる
  • 証拠保全:後日の紛争に備えて証拠を保全
重要な注意点:検認は遺言書の有効性を判断する手続きではありません。形式的に現状を確認するだけで、内容の適法性や真正性は別途判断されます。

申立人の範囲

以下の者が検認を申し立てることができます:

  • 遺言書の保管者:遺言書を発見・保管している者
  • 遺言書の発見者:遺言書を発見した相続人等
  • 相続人:遺言書の存在を知った相続人

申立先と管轄

  • 申立先:被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所
  • 管轄の確認:裁判所のホームページで確認可能
  • 住所地の認定:住民票上の住所(実際の居住地と異なる場合は要注意)

申立期間

  • 法的期限:「遺言書を発見した者は、遺言者の死亡を知った後、遅滞なく」
  • 実務上の目安:相続開始から1〜2ヶ月以内
  • 遅延のペナルティ:5万円以下の過料(家事審判法286条)

必要書類と費用

基本書類

  • 申立書:家庭裁判所の定型書式
  • 遺言者の戸籍謄本:出生から死亡までの全ての戸籍
  • 相続人全員の戸籍謄本:現在の戸籍謄本
  • 遺言者の住民票除票:最後の住所地確認

費用

  • 収入印紙:800円
  • 郵便切手:約800円(裁判所により異なる)
  • 戸籍取得費用:1通450円程度×必要通数

4-2. 検認期日の流れと注意点

検認期日の通知

申立て後、約1〜2ヶ月後に検認期日が指定されます:

  • 相続人全員への通知:裁判所から相続人全員に期日通知
  • 出席義務:申立人は必ず出席、他の相続人は任意
  • 代理人の出席:弁護士等による代理出席も可能

検認期日当日の流れ

1. 受付・本人確認(10分)

  • 裁判所での受付手続き
  • 申立人の本人確認
  • 出席者の確認

2. 遺言書の確認(30分)

  • 現状の確認:封印の有無、用紙の状態、筆跡等
  • 開封:封印がある場合は期日で開封
  • 内容の読み上げ:裁判官が遺言書の内容を読み上げ
  • 出席者への確認:内容について出席者に確認

3. 検認調書の作成(20分)

  • 調書の作成:裁判所書記官が検認調書を作成
  • 現状の記録:用紙、筆跡、印影等の詳細を記録
  • 出席者の陳述:遺言書に関する意見があれば陳述

4. 検認済証明書の発行

  • 証明書の作成:遺言書に検認済みの証明書を添付
  • 原本の返却:検認済証明書付きの遺言書を申立人に返却

検認期日での注意点

4-3. 検認後の相続手続きと有効性判断

検認済証明書の活用

検認済証明書は以下の手続きで必要になります:

  • 不動産登記:所有権移転登記の際に添付
  • 銀行手続き:預貯金の相続手続きで提示
  • 株式等:証券会社での名義変更手続き
  • その他:各種相続手続きで必要

検認と有効性の関係

重要なポイントとして、検認は遺言書の有効性を保証するものではありません:
検認の効果

  • 現状の固定:改ざん・偽造の防止
  • 証拠能力の付与:裁判での証拠として使用可能
  • 手続きの前提:相続手続きを行うための前提条件

検認の限界

  • 有効性の判断なし:内容の適法性は判断しない
  • 真正性の認定なし:筆跡が本人のものかは判断しない
  • 強制力なし:検認済みでも無効確認訴訟は可能

遺言無効確認訴訟

検認後でも、以下の場合は遺言の有効性が争われる可能性があります:

  • 形式的要件不備:日付なし、押印なし等
  • 遺言能力の欠如:認知症等による判断能力の問題
  • 偽造・変造:筆跡鑑定により偽造が判明
  • 強迫・詐欺:作成時の意思形成に問題

遺言書の有効性が争われる場合については、遺言書を巡るトラブル事例と無効化の可能性で詳しく解説しています。

検認を怠った場合のペナルティ

  • 過料:5万円以下の過料(必ず課されるわけではない)
  • 相続手続きの制限:金融機関等で手続きを拒否される
  • 改ざん疑惑:後日発見された場合に改ざんを疑われる
  • 証拠能力の問題:裁判で証拠として認められない可能性

検認手続きは複雑で時間もかかりますが、適切に行うことで円滑な相続手続きが可能になります。


5. 保管・検認に関するトラブル事例と対策

遺言書の保管・検認に関しては様々なトラブルが発生する可能性があります。実際の事例を通じて、トラブルの予防と対処法を学びましょう。

5-1. 遺言書紛失・改ざん疑惑への対処

事例1:遺言書紛失のケース

父親が自筆証書遺言を作成したことを家族に話していたが、死亡後に遺言書が見つからない。長男は「確実に作成していた」と主張するが、次男は「本当に作成していたのか疑問」と反発。
対処法

  • 徹底的な捜索:可能性のある場所をすべて確認
  • 専門家への相談歴確認:弁護士・司法書士への相談記録
  • 法務局での確認:法務局保管制度利用の可能性
  • 公証役場での確認:公正証書遺言作成の可能性
  • 金融機関の調査:貸金庫の契約確認

予防策

  • 複数の保管場所:正本・写しを別々の場所に保管
  • 家族への通知:遺言書の存在と保管場所を適切に伝達
  • 定期的な確認:年1回程度、遺言書の存在確認

事例2:改ざん疑惑のケース

自筆証書遺言が発見されたが、一部の文字が不自然で改ざんの疑いがある。相続人間で「本当に父が書いたものか」を巡って対立。
対処法

  • 筆跡鑑定の実施:専門機関による科学的鑑定
  • 作成経緯の調査:作成時の状況を知る人からの証言収集
  • 医師の証言:作成時の判断能力に関する医学的意見
  • 他の自筆書類との比較:同時期の手紙・書類との筆跡比較

鑑定費用と期間

  • 費用:30万円〜50万円程度
  • 期間:2〜3ヶ月程度
  • 証拠能力:裁判での証拠として高い効力

予防策

  • 定期的な見直し:数年おきに新しい遺言書を作成
  • 作成時の記録:作成日時・場所・状況の記録
  • 第三者の立会い:信頼できる第三者による作成時の立会い

5-2. 複数遺言書発見時の対応

事例3:異なる内容の遺言書が複数発見

父親の死後、自宅から2通の自筆証書遺言が発見された。1通目(3年前作成)では長男に全財産相続、2通目(1年前作成)では長女に全財産相続と記載。
法的な優先順位

  • 日付の新しいものが有効:後に作成された遺言書が前の遺言書を撤回
  • 矛盾する部分のみ撤回:矛盾しない部分は両方とも有効
  • 撤回の意思表示:明示的な撤回条項がある場合はその通り

実務的な対応

  1. すべての遺言書の検認:発見されたすべての遺言書について検認申立て
  2. 日付の確認:正確な作成日時の特定
  3. 内容の整合性確認:矛盾する部分と矛盾しない部分の整理
  4. 有効部分の特定:最終的に有効となる内容の確定

事例4:遺言書の一部破損

台風による雨漏りで遺言書の一部が水濡れし、重要な部分が判読不能になった。
対処法

  • 科学的復元:特殊技術による文字の復元
  • 部分的有効性の判断:判読可能な部分のみの有効性確認
  • 補完証拠の収集:作成時の状況を知る証人からの証言

5-3. 相続人間対立時の円滑な進行方法

事例5:検認期日での激しい対立

検認期日で相続人間が激しく対立し、遺言書の内容について口論となった。
対処法

  • 裁判官による整理:検認の目的と限界の説明
  • 冷静な対応:感情的にならず事実確認に専念
  • 別途の解決:遺言の有効性争いは別途訴訟で解決

円滑な進行のポイント

  • 事前の説明:検認の目的を相続人に事前説明
  • 弁護士の同席:専門家による適切なアドバイス
  • 感情と法律の分離:感情的な問題と法的問題を分けて考える

遺言執行者の活用

複雑な家族関係では、遺言執行者の指定が有効です:

  • 中立的な立場:相続人以外の第三者を指定
  • 専門知識:弁護士・司法書士等の専門家を指定
  • 円滑な執行:相続人間の対立を避けて遺言を執行

調停・審判の活用

検認後の相続手続きで対立が続く場合:

  • 遺産分割調停:家庭裁判所での話し合い
  • 遺言無効確認訴訟:遺言の有効性を争う場合
  • 遺言執行者選任申立て:遺言執行者が指定されていない場合

専門家介入のタイミング

以下の場合は早期の専門家介入を推奨します:

  • 複雑な財産構成:不動産・事業用資産等が多数
  • 相続人が多数:5人以上の相続人がいる場合
  • 感情的対立が激化:話し合いでの解決が困難
  • 遺言の有効性に疑問:偽造・改ざんの疑いがある場合

これらのトラブル事例を参考に、事前の予防策を講じるとともに、トラブルが発生した場合は適切に対処することが重要です。

遺言書の保管・検認でお悩みの方へ
遺言書の適切な保管方法のアドバイスから、検認手続きのサポートまで、経験豊富な専門家がお手伝いします。
今すぐ無料相談を申し込む

6. まとめ:遺言書を確実に次世代へ引き継ぐために

遺言書の保管と検認は、遺言者の意思を確実に実現するための重要な手続きです。「せっかく作成した遺言書をどう保管すれば安全か」「遺言書を発見したがどう手続きすればいいか」という悩みや不安は、正しい知識と適切な対応により解決できます。

本記事のポイント整理

1. 保管方法の選択
適切な保管により紛失・改ざんのリスクを回避できます。特に、2020年に開始された法務局保管制度は、従来の保管リスクを大幅に軽減する画期的な仕組みです。

  • 手数料3,900円という低コストで高い安全性を確保
  • 検認手続きも不要
  • 多くの方にとって最適な選択肢

2. 検認手続きの重要性
検認は遺言書の現状を確認する手続きであり、有効性を保証するものではありません。しかし、適切に検認を受けることで、その後の相続手続きをスムーズに進めることができます。

  • 検認を怠ると法的なペナルティ
  • 遺言書を発見した場合は速やかに手続き
  • 相続手続きの前提条件

3. トラブル予防と対処
遺言書の保管・検認に関しては様々なトラブルが発生する可能性もありますが、事前の予防策と適切な対処により、多くの問題は解決できます。

  • 複雑な状況では専門家のサポートを活用
  • 家族間の対立を未然に防ぐ
  • 遺言執行者の指定も有効

適切な保管と手続きにより、遺言者の想いが確実に家族に伝わり、円満な相続が実現されることを願っています。遺言書は作成して終わりではなく、適切に保管し、必要な手続きを経て初めてその効力を発揮します。
この記事を参考に、あなたの遺言書が確実に活用されるよう、適切な対応を心がけてください。

この記事をSNSでシェア
竹内 省吾
竹内 省吾
弁護士
慶應大学法学部卒。相続・不動産分野のスペシャリスト弁護士。常時50社以上の顧問・企業法務対応や税理士(通知)としての業務対応の経験を活かし、相続問題に対して、多角的・分野横断的なアドバイスに定評がある。生前時から相続を見越した相続税対策や事業承継にも対応。著書・取材記事多数。
プロフィール詳細を見る