中小企業の経営者にとって、事業承継は会社の未来を左右する最重要課題です。「息子に会社を引き継がせたいが、株式移転時の税負担が心配」「後継者候補はいるが、本当に経営能力があるか不安」「後継者がいない場合はM&Aも検討すべきか分からない」「どの方法が最も会社と家族にとって良いのか判断に迷う」-このような悩みを抱える経営者は少なくありません。

事業承継には、親族内承継、親族外承継、M&Aという大きく3つの選択肢があり、それぞれに生前贈与や各種税制特例、企業価値の最大化など、様々な対策手法があります。一度きりの重要な判断だからこそ、各手法の特徴を正しく理解し、自社に最適な方法を選択することが重要です。

本記事では、事業承継対策としての生前贈与の活用法とM&Aの検討ポイントを、具体的な事例とともに専門家の視点から解説します。あなたの会社にとって最適な事業承継戦略を見つけるための参考にしてください。

この記事をSNSでシェア


あなたの会社の状況を確認しましょう

事業承継を検討すべき経営者の方

  • 後継者候補となる親族がいる
  • 後継者に経営意欲と一定の能力がある
  • 時間をかけて後継者教育が可能
  • 株式移転時の税負担への対策が可能
  • 適切な後継者がいない
  • 業界再編への対応が必要
  • 事業の成長に大きな投資が必要
  • 経営者の高齢化と健康問題
どの承継方法が最適か迷っている方へ
事業承継の専門家が、あなたの会社の状況を詳しくお聞きして、最適な承継方法をアドバイスいたします。
無料相談を予約する

1. 事業承継の基本パターンと選択の考え方

事業承継を成功させるためには、まず基本的な承継パターンを理解し、自社の状況に応じた最適な方向性を選択することが重要です。

1-1. 親族内承継の特徴と適用条件

親族内承継は、子どもや親族に事業を引き継ぐ最も一般的な方法です。

主なメリット

  • 関係者(従業員・取引先・金融機関)の理解を得やすい
  • 事業理念や企業文化の継承がしやすい
  • 長期的な視点での経営が可能
  • 生前から後継者教育に時間をかけられる

主なデメリット

  • 後継者に経営能力がない場合のリスク
  • 株式移転時の税負担が重い
  • 後継者の経営責任が重く、プレッシャーが大きい
  • 複数の相続人がいる場合の株式分散リスク

適用条件チェックリスト

【親族内承継の適用条件】

1-2. 親族外承継(MBO等)の特徴

親族外承継は、従業員や役員など、親族以外の人材に事業を引き継ぐ方法です。

主なメリット

  • 経営能力のある人材を後継者にできる
  • 事業に精通した人材のため、円滑な承継が期待できる
  • 従業員のモチベーション向上につながる

主なデメリット

  • 後継者の資金調達が困難な場合がある
  • 個人保証の承継問題
  • 経営者一族の影響力排除が困難な場合がある

代表的な手法

MBO(Management Buy Out)
経営陣による買収
EBO(Employee Buy Out)
従業員による買収
MEBO
経営陣と従業員による共同買収

1-3. M&Aの特徴と選択理由

M&Aは、第三者企業に会社を売却する方法で、近年選択する企業が増加しています。

主なメリット

  • 確実な現金化による経営者の引退資金確保
  • 経営リスクからの完全な解放
  • 買収企業の経営資源活用による事業発展
  • 従業員の雇用維持と待遇改善の可能性

主なデメリット

  • 経営権の完全喪失
  • 企業文化や経営方針の変更リスク
  • 従業員や取引先への影響
  • 売却価格が期待より低い場合がある

M&Aを選択する理由

  • 適切な後継者がいない
  • 業界再編への対応が必要
  • 事業の成長に大きな投資が必要
  • 経営者の高齢化と健康問題
重要ポイント:事業承継の方法選択は、会社の将来を決定づける重要な判断です。各手法のメリット・デメリットを十分に理解した上で、自社の状況に最適な方法を選択することが成功の鍵となります。

会社経営者の相続対策と事業承継の基本では、事業承継全般における相続対策について詳しく解説していますので、併せてご参照ください。


2. 生前贈与を活用した親族内事業承継の実践方法

親族内承継を選択した場合、生前贈与を活用することで税負担を軽減しながら効果的な株式移転が可能です。

2-1. 自社株の生前贈与と評価引き下げ対策

自社株の生前贈与を成功させるには、株式評価額を適切にコントロールすることが重要です。

株式評価の基本的な考え方

純資産価額方式
会社の純資産をベースに評価
類似業種比準価額方式
類似上場企業との比較で評価
併用方式
両方式を一定割合で併用

評価引き下げのタイミング

  • 業績悪化時:利益減少により評価額が下がるタイミング
  • 大規模設備投資時:一時的に純資産が減少するタイミング
  • 役員退職金支払時:大きな損金計上により評価額が下がる

具体的な評価引き下げ対策

  • 設備投資や役員退職金の計画的実行
  • 配当政策の調整(無配・低配当の選択)
  • 類似業種の株価動向を踏まえた贈与時期の選定
実践事例:
製造業A社では、新工場建設のタイミングで自社株評価が30%下落。この機会を活用して後継者である長男に株式の60%を贈与し、事業承継税制の適用により納税を猶予。

2-2. 事業承継税制の活用と要件

事業承継税制は、事業承継時の税負担を大幅に軽減できる制度です。

制度の概要

  • 贈与税・相続税の納税猶予:要件を満たせば税負担が実質免除
  • 対象株式:発行済議決権株式の最大3分の2まで
  • 特例承継計画:2027年3月31日までに策定・提出が必要

主な要件チェックリスト

【事業承継税制の要件】
注意点:要件を満たさない場合は納税猶予が取り消されるため、慎重な計画と実行が必要です。雇用要件は経済情勢による例外措置もありますので、最新の制度内容を確認してください。

自社株評価の詳しい方法はこちらで解説していますので、参考にしてください。

2-3. 段階的な株式移転と後継者育成

事業承継を成功させるには、株式移転と後継者育成を段階的に進めることが重要です。

段階的移転の進め方

段階 時期 実施内容
第1段階 5-10年前 少数持分の移転開始、後継者教育
第2段階 3-5年前 経営権移転(過半数の移転)
第3段階 承継時 残余持分の移転、代表権移転

後継者育成のポイント

  • 社内経験の積み重ね:各部門での実務経験
  • 社外研修の活用:経営者向け研修プログラム
  • 他社での経験:グループ会社や取引先での研修
  • 段階的な権限委譲:部門責任者→取締役→専務→社長

関係者との調整

  • 他の相続人への説明と理解獲得
  • 従業員への後継者紹介と信頼関係構築
  • 取引先・金融機関への後継者紹介
  • 株主間契約による株式分散防止

相続時精算課税制度の活用も、自社株の移転において有効な選択肢となります。


3. M&Aによる事業承継の仕組みとメリット・デメリット

M&Aによる事業承継は、従来の親族承継とは全く異なるアプローチですが、近年多くの経営者が選択している有効な手法です。

3-1. M&Aの主な手法と特徴

M&Aには複数の手法があり、それぞれ異なる特徴があります。

株式譲渡

概要
株式を第三者に売却し、経営権を移転
メリット
手続きが比較的簡単、売却代金の全額受取可能
デメリット
株式譲渡益への課税(約20%)
適用場面
中小企業のM&Aで最も一般的

事業譲渡

概要
事業の一部または全部を第三者に売却
メリット
簿外債務のリスクを回避可能、選択的な事業売却
デメリット
手続きが複雑、従業員の転籍手続きが必要
適用場面
事業の一部売却や債務整理が必要な場合

合併

概要
他社と合併し、統合した新会社を設立
メリット
シナジー効果の最大化、規模拡大
デメリット
統合作業が複雑、企業文化の違い
適用場面
同業他社との統合、規模の経済追求

3-2. M&A価格の決定要因と交渉のポイント

M&Aの成功は、適切な企業価値評価と交渉にかかっています。

企業価値評価の主な方法

DCF法(Discounted Cash Flow)
  • 将来キャッシュフローの現在価値で評価
  • 成長企業や無形資産の多い企業に適している
  • 予測の前提条件により結果が大きく変わる
EBITDA倍率法
  • 類似企業のEBITDA倍率を適用
  • 市場環境を反映しやすい
  • 同業他社との比較が重要
純資産法
  • 貸借対照表の純資産をベースに評価
  • 安定した資産を持つ企業に適している
  • 将来性は反映されにくい

価格交渉のポイント

  • 複数の評価方法による価格レンジの設定
  • 事業計画の妥当性と実現可能性
  • シナジー効果の具体的説明
  • 競合買収候補との比較
実際の事例:
IT企業B社のM&A価格決定では、DCF法で8億円、EBITDA倍率法で10億円の評価。最終的に将来性を評価され9.5億円で成約。

3-3. M&A実行時の注意点と従業員対応

M&Aを成功させるには、実行段階での細心の注意が必要です。

デューデリジェンスの準備

  • 財務DD:過去3-5年の財務諸表、税務申告書の整備
  • 法務DD:契約書、許認可、知的財産権の整理
  • 事業DD:事業計画、市場分析、競合分析の準備
  • 人事DD:組織図、就業規則、人事制度の整備

契約条件の重要ポイント

売却価格と支払条件
現金・株式・分割払いの選択
表明保証
財務・法務・事業に関する保証内容
補償条項
簿外債務等への対応
競業避止義務
売却後の競業制限期間

従業員・関係者への対応

  • 従業員説明会:M&Aの背景と今後の方針説明
  • 雇用条件の確認:継続雇用と処遇の保証
  • 取引先への説明:契約継続と信頼関係維持
  • 金融機関対応:借入金の取り扱い確認

4. 生前贈与とM&Aの比較・選択基準

生前贈与による親族内承継とM&Aによる第三者承継には、それぞれ異なる特徴があります。どちらを選択すべきかの判断基準を整理しましょう。

4-1. 経営者・会社の状況による選択基準

後継者の存在と能力

  • 親族内承継が適している場合:経営意欲と能力のある後継者がいる
  • M&Aが適している場合:適切な後継者がいない、または育成に時間がかかりすぎる

会社の収益性と成長性

  • 親族内承継が適している場合:安定した収益があり、持続的成長が期待できる
  • M&Aが適している場合:業績不振が続く、または大きな投資が必要で資金調達が困難

業界の将来性

  • 親族内承継が適している場合:成長産業や安定した市場環境
  • M&Aが適している場合:衰退産業や規模拡大が必要な競争環境

経営者の年齢と健康状態

  • 親族内承継が適している場合:後継者育成に十分な時間がある
  • M&Aが適している場合:早期の承継が必要、健康不安がある

4-2. 財務・税務面での比較検討

税負担の比較

項目 親族内承継(生前贈与) M&A(株式譲渡)
贈与税・相続税 事業承継税制で大幅軽減可能 なし
所得税 なし 譲渡益に約20%課税
実効税負担 制度活用で大幅軽減 売却代金の約20%

キャッシュフローへの影響

  • 親族内承継:税負担はあるが、会社の収益は継続的に確保
  • M&A:一時的な大きな現金収入、その後の収益はなし

相続対策としての効果

  • 親族内承継:自社株の相続税評価額圧縮効果
  • M&A:売却代金の相続税負担(現金での相続税納付は可能)

4-3. リスクと将来性の総合評価

事業リスクの承継

  • 親族内承継:事業リスクは後継者が承継
  • M&A:事業リスクから完全に解放

経営の継続性

  • 親族内承継:企業理念・文化の継承がしやすい
  • M&A:買収企業の方針により大きく変化する可能性

従業員・地域への影響

  • 親族内承継:雇用維持・地域貢献の継続が期待しやすい
  • M&A:買収企業の方針により左右される
実際の選択事例:
建設業C社(売上50億円)では、後継者候補の息子が他業界で成功しており戻る意思がないため、M&Aを選択。同業大手企業に20億円で売却し、従業員の雇用も維持された。

5. 事業承継を成功させるための準備と専門家活用

事業承継の成功には、長期的な計画と専門家との連携が不可欠です。

5-1. 事業承継計画の策定と実行スケジュール

5-10年の長期計画の重要性

事業承継は一朝一夕に実現できるものではありません。長期的な視点での計画的な準備が成功の鍵となります。

承継計画のタイムライン

10年前~
  • 承継方針の決定(親族内・親族外・M&A)
  • 後継者候補の選定・育成開始
  • 事業承継税制の活用検討
5年前~
  • 後継者教育の本格化
  • 株式評価と移転計画の策定
  • 組織体制の整備開始
3年前~
  • 株式移転の実行開始
  • 経営権の段階的移転
  • 関係者への説明・調整
承継時
  • 最終的な株式移転
  • 代表権の移転
  • 事業承継の完了

年次別の実行項目管理

各年度で実施すべき具体的な項目をリスト化し、進捗管理を行うことが重要です。

5-2. 後継者教育と組織体制の整備

後継者の能力開発プログラム

  • 社内ローテーション:営業・製造・管理部門での実務経験
  • 外部研修の活用:経営者向けスクール、業界団体の研修
  • 他社研修:取引先やグループ会社での研修
  • 海外研修:グローバル感覚の養成

組織の近代化と管理体制の構築

  • 管理部門の強化:経理・人事・法務機能の充実
  • IT化の推進:業務効率化とガバナンス強化
  • 内部統制の整備:リスク管理体制の構築
  • 権限移譲の段階的実施:後継者への責任移譲

5-3. 専門家チームの構築と連携

事業承継には多岐にわたる専門知識が必要なため、各分野の専門家との連携が重要です。

主要な専門家とその役割

税理士
  • 事業承継税制の適用検討
  • 株式評価と税務対策
  • 贈与税・相続税の申告
弁護士
  • 定款変更や株主間契約の作成
  • M&A契約書の作成・審査
  • 法的リスクの検討
M&Aアドバイザー
  • 企業価値評価
  • 買収候補企業の紹介
  • 交渉・契約支援
コンサルタント
  • 事業承継計画の策定支援
  • 後継者教育プログラムの設計
  • 組織改革の支援

専門家選びのポイント

  • 事業承継の実績と専門性
  • 他の専門家との連携実績
  • 費用の透明性と適正性
  • コミュニケーション能力
ポイント:専門家チームの早期構築により、総合的な視点から最適な事業承継戦略を立案できます。各専門家の連携が、成功の鍵となります。

6. まとめ:一度きりの重要な決断を成功へ

事業承継は経営者にとって最重要課題の一つであり、生前贈与による親族内承継とM&Aによる第三者承継には、それぞれ異なるメリット・デメリットがあります。親族内承継では事業承継税制や相続時精算課税制度を活用することで税負担を大幅に軽減でき、企業理念の継承と安定的な事業発展が期待できます。一方、M&Aでは確実な現金化と経営リスクからの解放が実現でき、後継者不在の問題を解決できます。

選択の判断基準

  1. 後継者の有無と能力
  2. 会社の収益性と成長性
  3. 業界の将来性
  4. 経営者の年齢と意向

選択の判断は、後継者の有無と能力、会社の収益性と成長性、業界の将来性、経営者の年齢と意向など、多面的な要素を総合的に考慮する必要があります。また、どちらの方法を選択するにしても、5-10年の長期計画に基づく準備が成功の鍵となります。

重要なのは、早期からの計画的な準備と専門家との連携です。税理士、弁護士、M&Aアドバイザーなど、各分野の専門家と協力し、あなたの会社と家族にとって最適な事業承継戦略を構築してください。

最後に:「後継者への株式移転の税負担」「M&Aという選択肢への不安」「最適な手法の選択」といった悩みは、適切な準備と専門家のサポートにより必ず解決できます。

事業承継は一度きりの重要な決断です。十分な情報収集と検討を行い、会社の未来と家族の幸せを実現する最良の選択をしましょう。

事業承継のプロフェッショナルがあなたをサポート
どんな小さな疑問でも構いません。事業承継の専門家が親身になってお答えします。
今すぐ無料相談を申し込む
この記事をSNSでシェア
竹内 省吾
竹内 省吾
弁護士
慶應大学法学部卒。相続・不動産分野のスペシャリスト弁護士。常時50社以上の顧問・企業法務対応や税理士(通知)としての業務対応の経験を活かし、相続問題に対して、多角的・分野横断的なアドバイスに定評がある。生前時から相続を見越した相続税対策や事業承継にも対応。著書・取材記事多数。
プロフィール詳細を見る