実は,匿名ではない!?インターネットの書き込みの落とし穴
今やSNSの時代
SNSが発達してだいぶ経ちました。どんどん新しいツールが出てきて,私自身,追いつけなくなってきている気もしますが…SNSの普及はとどまるところを知りません。これだけ流行している背景には様々な要因があるのでしょうけれども「匿名性」というのも,その要因一つのようです。
誰も知らない自分になれる,いろいろな自分を表現することができる,言いたいことが言いやすい等,自己実現の一つのツールとしてSNSは大きな役割を果たしており,現代社会においてSNSは必要不可欠な存在になっていると言えると思います。
楽しいことばかりじゃない
しかし,そうした発展の裏には問題がつきものです。
この匿名性を利用して,SNS上では問題も多く発生しています。特に多いのが,誹謗中傷・名誉毀損・業務妨害等です。
誰が書いているかばれないから,書いちゃおう。面と向かっていうのは憚られるから,SNSに書き込んじゃおう。みんなに見られて恥かけばいいんだ…等,いたってシンプルな動機に基づいて,私たちは誹謗中傷等の書き込みを簡単に行うことができます。
しかし,拡散が容易,閲覧が容易なSNSにおける書き込みは,一歩間違えると重大な犯罪になってしまいます。ほんの出来心だったかもしれないその書き込みも,法に抵触するとなれば,切り札だった「匿名性」は失われ,たちまちあなた自身が丸裸にされてしまう可能性があるのです。
娯楽としてのSNSを娯楽のまま楽しむために,しっかりとルールを把握しておきましょう。
私たちは表現の自由に守られている
私たちは,憲法に守られています。
憲法で,表現の自由が保護されているからこそ,私たちは自由にいろいろ表現をすることができます。SNSへの書き込みもこの表現の自由があるからこそ,自由に行うことができているのです。
日本も古くは,表現行為が強く制限されていたことがあります。それも,出版法,新聞紙法,治安維持法等いろいろな法律によって,ガチガチな制限を…。
しかし,それでは,文化の発展は阻害されてしまいますし,生きづらいですよね。紆余曲折を経て,日本では憲法において表現の自由を確実に保護することに決めたのです。憲法第21条は以下のとおり,表現の自由について規定しています。
日本国憲法第21条
第1項 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
第2項 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
「自由」と言ってもall OKではない
表現の自由があるから,どこで何をいってもいいんだ,というのは間違いです。言っていいことといけないことがあります。
例えば,あなたが知らないうちにあなたの住所や電話番号が晒されたら??
あるいは,いたって平和な日常生活を送っているのに,あなたが知らないうちにインターネット上で全く身に覚えのない犯罪の犯人扱いされていたら??
許されませんよね,そんなこと!
そうです。許さなくていいんです!
でも,憲法が表現の自由を保障しているのに…言ってはいけないことがあるのは,なぜなのでしょうか??
プライバシー権
それは,憲法が表現の自由とは別に,プライバシー権を保護の対象としているいからです。
日本国憲法第13条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
憲法上の文言からは直接読み取りにくいとは思うのですが,憲法第13条はある程度概括的に定めることで,解釈に幅をもたせているので,条文の解釈として,この憲法第13条によって,私生活上の情報をみだりに公開されない権利(プライバシー権)が保護されていると解釈されています。
そして,このプライバシー権によって,「言ってはいけないこと」がうまれているのです。
名誉権
…厳密に言うと「言ってはいけないこと」を生み出すのはプライバシー権だけではありません。他にも問題になりやすい権利として,名誉権があり,この権利によっても「言ってはいけないこと」がうまれます。
名誉権を侵害された場合,民法上,損害賠償請求や名誉を回復するために必要な措置をとるよう求めることが認められています(民法第723条)。その他にも刑法の名誉毀損罪(刑法第230条)が成立する可能性すらはらんでいます。
名誉とは,社会から受けている客観的評価のことをいうので,名誉権侵害・名誉毀損というためには,その侵害行為によって,社会から見て自分がどう評価されているに至ったか,どう評価される可能性があるかという観点から検討する必要があります。
表現の自由 VS プライバシー権・名誉権
このように表現の自由を認める反面,プライバシー権や名誉権も守るべき権利として存在しているので,しばしば権利の間で対立が起こります。
表現の自由 VS プライバシー権・名誉権 といった構図ですね。
どの権利が優先されるのでしょうか。
これについては,どちらが優先するという優劣関係にあるのではなく,名誉権を侵害するケース,プライバシー権の侵害といえるケースというものを定めて,そこに抵触しない限りで,表現の自由を認めます,という具合で調整をしています。詳しくは,また違うコラムでお話したいと思っています。
SNSは匿名じゃない!?!?
やっと,このコラムの本題です(…前置き長くてごめんなさい。。)
匿名が売りともいえるSNSが,実は匿名じゃない…匿名ではなくなる可能性があるんです。どういうことでしょうか。
すでにお話したように原則として,表現の自由が認められていますが,例外としてプライバシー権・名誉権を侵害するような表現行為は「言ってはいけないこと」として禁じられているわけです。
でもSNSは匿名で書き込みが行われているので,仮にプライバシー権・名誉権が侵害されたとしても,誰に対して,損害賠償請求したらいいのかわからない,「こんなこと書かないで」ってお願いを誰にしたらいいのかわからない,ですよね。
それじゃあ,仮に禁止をしていても書きたい放題です。だって,結局,匿名性に守られてお咎めなしなんですから…。
そんなSNSの無法地帯化を防ぐため,様々な手段が用意されています。
1)削除してほしい
2)誰が書いたか特定したい
大きく分けるとこの2つの方法ですね。
削除してほしい
ショックな書き込みを見つけたとき,誰が書いていてもいいから,とりあえず削除してくれればかまわない,というお気持ちの方もいると思います。
そういう方のためには
①お問い合わせフォームでサイトの管理者さんに対し,任意で削除依頼をする
②一般社団法人テレコムサービス協会のガイドラインにそって,サイトの管理者さんに対して削除依頼をする
③裁判所に仮処分の申立をする というパターンがあります。
特定してほしい
また,削除はもちろんだけど,書いた人に対して損害賠償請求したい!!という方もいらっしゃるでしょう。
このときにSNS等の「匿名性」のせいで,そう簡単には書いた人を特定することができません。
その場合には
①運営者に問い合わせをする
②裁判所を経由した手続きをおこなう
この2つです。
例えばあなたがTwitterで名誉権侵害だと思われる書き込みをされたとします。
「誰や,こんな書き込みしたやつ!ひどすぎる!!損害賠償請求したい!」
そんな気持ちになっても,相手は「匿名」で書き込みをしているのですぐに誰かはわかりませんよね。
でもどうやって氏名にたどり着くのでしょうか。
Twitterに登録したときに,氏名や住所をTwitterには教えていませんよね。そしたら,Twitterにこの書き込みをした人の名前を聞いてもTwitterは知らないんじゃないかな…
そうなんです!ここで自分に置き換えて考えてみてください。
あなたがTwitterに投稿するまでの道のりを…
氏名開示の仕組み
あなたがTwitterに投稿するまでの道のりはどんなものでした?
まずスマホをゲットします。その際に,KDDIやDocomo等のプロバイダーと契約をして,インターネットがつながるようにします。その後,Twitterに登録してアカウントを作成して,投稿ができるようになりますね。
投稿するときには,Twitterにログインして,書き込みをして,投稿ボタンを押す!
ざっとこんな感じでしょうか。
Twitterに登録するときには,氏名等は教えていないかもしれませんが,プロバイダー契約をするときにはどうでしたか?プロバイダーに対して,住所や氏名,銀行口座等を教えていませんか?
これです!
氏名開示を求める相手はTwitterではなく,最終的にはプロバイダーなんです。
では,順に見ていきましょう
まず①運営者(Twitter)に問い合わせをします。
「この人の情報を教えてください。」という形で,任意開示の請求をするのです。。
具体的には,Twitter上の問い合わせフォームあるいは,一般社団法人テレコムサービス協会が発信者情報開示請求書(「テレサ書式」と呼ばれています)という書式を用意してくれているので,その内容にそって,記載をしてTwitterに提出します。
しかし…なかなか任意では開示してくれません。
運営者(今回の例だとTwitter)は,あなたが名誉権侵害だと思っている書き込みが法律上本当にあなたの権利が侵害されている書き込みなのか,つまり表現の自由VS名誉権の戦いの末,あなたの名誉権が勝利するのか,判断がつかないからです。そして,不必要に開示してしまっては,逆に運営者が個人情報を勝手に開示した!プライバシー侵害だ,と書き込んだ人に訴えられてしまう可能性があるからです。
そこで,②裁判所を経由した手続きを行います。
この手続きは,書き込んだ相手が誰なのか特定するまでに3つのステップを踏む必要があります。
STEP1 仮処分
仮処分によって,Twitterが持っているログインの時の情報をゲットします。IPアドレスと呼ばれるものです。
IPアドレスとは,数字の羅列なのですが,簡単にいうとインターネット上の住所みたいなものです。
仮処分を通じて,Twitter社に対して,どのインターネット上の住所の人が書き込みをしたのか教えてもらうのです。
Twitterにログインをする際,皆,Twitterに対して,インターネット上の住所を提供しています。「●●から来た者です。ログインします」という申告を知らないうちに行っているのです。
なので,仮処分をして,Twitterに対して,この書き込みをした人はどこから来た人なのか教えてもらいます。
その際には,表現の自由VS名誉権の戦いで名誉権が勝利することを一生懸命主張します。
裁判所が,それは名誉権の勝利だと判断したら,Twitterはあなたに書き込みをした人のIPアドレスを教えてくれます。
STEP2 プロバイダーの特定
仮処分を通じて,無事IPアドレスをゲットすることができたら,次はそれがどこのプロバイダーを経由しているか調べます。
IPアドレスはただの数字の羅列ですが,その羅列を調べれば,どこのプロバイダーを経由しているかわかります。これは裁判所を通さなくても大丈夫です。Whoisというサイトやaguseというサイトを使えばすぐに調べることができます。
プロバイダーを使っているかがわかれば,書き込みをした人の住所や氏名等にグンと近づくことができますね。
STEP3 氏名開示の裁判
プロバイダーがわかったら,今度はプロバイダーを相手に氏名開示の裁判をします。
仮処分の時と同じように表現の自由VS名誉権の戦いで名誉権の勝利を一生懸命主張します。
こうして,裁判所の判断を通じて,やっと氏名住所をゲットすることができるのです。
仮処分でもやったのに氏名開示の裁判でもおんなじ主張するの?と思いますよね。
そうなんです,またやるんです。
仮処分はあくまでも「仮」の処分です。裁判は本来とても時間がかかる手続きですが,そんな時間をかけていたら,Twitterが持っているIPアドレスは期間徒過で消去されてしまいます。だから,軽めの主張でも裁判所はIPアドレスの開示を認めてくれます。
仮処分は1週間から2週間くらいで判断が下されます。
それに対して,氏名開示は,情報が消えないようにしたうえで,じっくり審理をします。そのため,仮処分のときよりも,もっと一生懸命,名誉権の勝利について主張をしていく必要があります。
こうして,書き込みをした人の「匿名性」は失われ,その人は丸裸状態です。さあ,いざ,損害賠償請求へ…
まとめ
長い道のりでしたが,このようにしてインターネットの匿名性は失われていきます。
今回のコラムは被害者側の目線で書いてみましたが,加害者側の目線から考えてみてください。
なんとなくムカつくから,とか,痛い目に遭ってしまえ,という短絡的な動機に基づいて,「匿名性」に甘んじてインターネットで過激な書き込みをしてしまったら…それが表現の自由として守られる範囲を超えてしまった場合,いとも簡単にあなたの「匿名性」のベールは剥ぎ取られて,丸裸にされてしまうのです。
インターネットはとっても便利です。口コミを見てお店を決めたり,自分がいいと思うことを発信することができたり…
しかし,一歩使い方を誤れば,そこは犯罪の温床となります。
「匿名性」という防護服を着ているような気持ちで書き込みを行う人もいると思いますが,所詮洋服です。いとも簡単に丸裸になる可能性があることを十分に認識してください。
便利なものを便利と認識したままで,それが脅威の対象とならないまま,使用し続けることができるように,みんながモラルを守れる社会にしたいですよね。