ビジネスと人権|人権デューデリジェンスの進め方と企業の対応
国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」の採択以降、企業の規模にかかわらず人権への配慮が求められる時代になりました。日本でも2025年12月に「ビジネスと人権に関する行動計画(NAP)」の改定版が公表され、2026年度から新たな計画がスタートします。さらに、EU企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)の段階適用も2027年7月に迫っています。
しかし、「人権デューデリジェンス(人権DD)とは何をすればよいのか」「中小企業にも本当に関係があるのか」と疑問を感じている経営者の方も多いのではないでしょうか。
本記事では、ビジネスと人権の基本的な枠組みから、日本のNAP改定やEU CSDDDの最新動向、人権DDの具体的な進め方(5ステップ)、中小企業における実務ポイントまで、企業法務の観点からわかりやすく解説します。
INDEX
ビジネスと人権に関する指導原則とは
「ビジネスと人権に関する指導原則」(UNGPs)は、2011年に国連人権理事会で全会一致で承認された国際的な枠組みです。企業活動と人権の関わりについて、国家と企業それぞれの責任を明確にした点で画期的な文書とされています。
指導原則は、以下の3つの柱で構成されています。
| 柱 | 主体 | 内容 |
|---|---|---|
| 第1の柱:人権を保護する国家の義務 | 国家 | 企業による人権侵害から個人を保護するための法規制・政策の整備 |
| 第2の柱:人権を尊重する企業の責任 | 企業 | 自社の事業活動やサプライチェーンで人権に負の影響を与えないよう配慮する責任 |
| 第3の柱:救済へのアクセス | 国家・企業 | 人権侵害が発生した場合の実効的な救済手段の確保 |
重要なのは、第2の柱「企業の責任」は、企業の規模や業種を問わず、すべての企業に適用されるという点です。中小企業であっても、自社の事業活動やサプライチェーンにおいて人権を尊重する責任を負っています。
この企業の責任を果たすための具体的なプロセスが「人権デューデリジェンス(人権DD)」です。人権DDとは、自社の事業活動やバリューチェーンにおける人権への負の影響を特定し、予防・軽減し、その対応状況を追跡・情報開示する一連の取り組みを指します。
日本の「ビジネスと人権に関する行動計画(NAP)」と法的動向
初代NAP(2020〜2025年)
日本政府は2020年10月、「ビジネスと人権に関する行動計画(NAP)」を策定しました。これは指導原則に基づき、政府が企業の人権尊重を促進するための施策をまとめたものです。
初代NAPでは、企業に対して人権DDの実施を期待するという表現にとどまり、法的義務は課されていませんでした。しかし、2022年9月に経済産業省が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を公表し、企業が取るべき行動がより具体化されました。
NAP改定版(2026年度〜)
2025年12月、NAP改定版が公表されました。新計画は2026年度から開始され、以下の点が注目されます。
- 8つの優先分野を特定し、関連する施策の方向性を明示
- 企業に求められる取り組みとして、(1)人権方針の策定・公表、(2)人権DDの実施、(3)救済メカニズムの整備を明記
- 法制化については、現時点で義務化には至っていないものの、将来的な法制化の検討が示唆されている
中小企業にとってのポイントは、NAPは現時点では法的拘束力を持たないものの、取引先の大企業が人権DD対応を求めてくるケースが増加していることです。NAPの方向性を理解し、自社でも準備を進めておくことが重要です。
関連する国内法の動き
人権分野に関連する国内法としては、以下のものが注目されます。
- 労働施策総合推進法(パワハラ防止法):2022年4月から中小企業にも適用
- 女性活躍推進法:常時雇用する労働者が101人以上の企業に行動計画策定義務
- 障害者差別解消法:2024年4月から民間事業者にも合理的配慮の提供義務
- 技能実習制度から育成就労制度への移行(2027年予定):外国人労働者の人権保護強化
このような人権に関する法的動向でお悩みの場合は、弁護士法人エースにお気軽にご相談ください。経験豊富な弁護士が、経営者の視点に立って最適な対応策をご提案いたします。
EU CSDDD(企業持続可能性デューデリジェンス指令)の影響
CSDDDの概要
CSDDD(Corporate Sustainability Due Diligence Directive:EU企業持続可能性デューデリジェンス指令)は、2024年7月に発効したEU指令です。対象企業に対し、自社およびバリューチェーン上の人権・環境に関するデューデリジェンスの実施を法的に義務づける点で、日本のNAPとは大きく異なります。
適用スケジュール
CSDDDは企業規模に応じて段階的に適用されます。
| 適用時期 | 対象企業 |
|---|---|
| 2027年7月〜 | 従業員5,000人超・売上高15億ユーロ超の企業 |
| 2028年〜 | 従業員3,000人超・売上高9億ユーロ超の企業 |
| 2029年〜 | 従業員1,000人超・売上高4.5億ユーロ超の企業 |
日本の中小企業への影響
「自社はEU企業ではないから関係ない」と考えるのは早計です。CSDDDは対象企業のバリューチェーン全体に適用されるため、EU企業と取引のある日本企業も間接的に影響を受けます。
具体的には、取引先のEU企業から人権DDの実施状況や人権方針の提出を求められるケースが想定されます。特にサプライチェーンの一部を担う中小企業にとっては、対応の遅れが取引停止につながるリスクがあります。
→ サプライチェーンにおけるCSR対応の詳細は『サプライチェーンのCSR管理|取引先リスクへの法的対応と実務』をご覧ください。
人権デューデリジェンスの進め方(5ステップ)
人権DDは、以下の5つのステップで進めます。経済産業省のガイドラインや国連指導原則に基づく標準的なプロセスです。
ステップ1:人権方針の策定
自社の人権に対する考え方を明文化した「人権方針」を策定します。経営トップのコミットメントを示す文書であり、社内外に公表することが求められます。
人権方針に含めるべき要素は以下のとおりです。
- 国際人権基準(国際人権章典、ILO中核的労働基準等)の尊重
- 自社の事業活動において特に重要な人権課題の特定
- 人権DDの実施と救済へのコミットメント
- ステークホルダーとの対話の姿勢
ステップ2:人権への負の影響の特定・評価
自社の事業活動やサプライチェーンにおいて、人権に負の影響を与えている、または与える可能性のあるリスクを洗い出します。
具体的なリスク領域の例は以下のとおりです。
- 労働環境: 長時間労働、賃金未払い、ハラスメント
- サプライチェーン: 取引先における強制労働、児童労働
- 外国人労働者: 技能実習生等の不適切な労働条件
- 地域社会: 事業活動に伴う環境汚染や住民への影響
ステップ3:負の影響の防止・軽減
特定されたリスクに対して、防止・軽減のための措置を講じます。自社内の改善だけでなく、サプライチェーン上の取引先に対して改善を要請することも含まれます。
ステップ4:取り組みの実効性の追跡・検証
実施した措置が実際に効果を上げているかを定期的にモニタリングし、改善を繰り返します。
ステップ5:情報開示・コミュニケーション
人権DDの取り組み内容と結果を、ステークホルダーに対して適切に開示します。CSR報告書やWebサイトなどを通じた情報発信が一般的です。
中小企業における人権DDの実務ポイント
ジェトロの調査によると、人権方針を策定している中小企業は約33%にとどまり、大企業(約64%)と大きな差があります。「どこから手をつければよいかわからない」という声も多いのが実情です。
以下に、中小企業が現実的に取り組めるポイントを整理します。
まずは自社の労働環境を点検する
中小企業の人権DDは、まず自社の足元から始めるのが現実的です。以下の項目を確認しましょう。
- 長時間労働が常態化していないか
- ハラスメント防止措置は適切か
- 外国人労働者の労働条件は適正か
- 賃金の適正な支払いがなされているか
→ 労務管理の詳細は『労務問題の対応・解決|企業を守る労務サポート』をご覧ください。
簡易な人権方針から始める
大企業のような詳細な文書をいきなり作成する必要はありません。まずは経営者の考え方をA4用紙1枚程度にまとめ、社内に共有・公表することから始めましょう。
取引先からの要請に備える
大企業との取引がある場合、CSR調達アンケートや人権DDの実施状況に関する問い合わせが届く可能性があります。最低限の方針策定と自社の労働環境整備を進めておくことで、スムーズに対応できます。
中小企業向けガイドラインを活用する
国際経済連携推進センターが公表した「中小企業のための人権デュー・ディリジェンス・ガイドライン」など、中小企業向けの実務的な指針も活用しましょう。
弁護士に依頼するメリット
ビジネスと人権への対応は、法律・労務・契約・国際規制など多岐にわたる知識が求められます。弁護士のサポートを受けることで、以下のようなメリットがあります。
- 人権方針の策定支援: 国際基準に沿った人権方針のドラフト作成から社内承認プロセスまで、法的観点からアドバイス
- 人権リスクの法的評価: 自社の事業活動やサプライチェーンに潜む法的リスクを正確に把握
- 社内規程の整備: ハラスメント防止規程、内部通報制度、外国人労働者の雇用ルールなど、関連する社内規程の策定・見直し
- 取引先との契約対応: CSR条項(人権・環境・労働等の遵守義務)を取引契約に盛り込む際の法的助言
- NAP・CSDDD対応の伴走: 国内外の法規制の最新動向を踏まえた、中長期的な対応計画の策定支援
弁護士法人エースでは、以下の強みを活かしたビジネスと人権に関する法務支援を行っています。
- 経営者視点のアドバイス: 代表弁護士自身が複数法人を運営する経営者であり、人権DDの「コスト」ではなく「経営上の価値」を見据えた助言が可能
- 労務・税務のワンストップ対応: グループ内に社労士法人を保有し、弁護士全員が通知税理士登録済み。人権に関わる労務問題も弁護士×社労士の連携で対応
- 複数担当制: 複数の弁護士・パラリーガルがチームで対応し、迅速なレスポンスを実現
- LINEでの気軽な相談: 「この労働条件は人権上問題ないか?」といった日常的な疑問にもすぐに対応
まとめ
ビジネスと人権への対応は、企業規模にかかわらず、すべての企業に求められる時代になっています。主なポイントを整理します。
- 国連指導原則は企業の規模を問わず人権を尊重する責任を求めている
- 日本のNAP改定版が2026年度から開始。人権方針の策定・人権DDの実施・救済の3つが企業に求められる
- EU CSDDDは2027年7月から段階適用開始。バリューチェーンを通じて日本の中小企業にも影響が及ぶ
- 人権DDは5つのステップ(方針策定→リスク特定→防止・軽減→追跡・検証→情報開示)で進める
- 中小企業はまず自社の労働環境の点検と簡易な人権方針の策定から始めるのが現実的
- 弁護士のサポートを受けることで、法的リスクの把握から規程整備、取引先対応まで効率的に進められる
→ CSR(企業の社会的責任)全般については『CSR(企業の社会的責任)とは?中小企業が知るべきESG・SDGsの基本と法務対応』をご覧ください。
弁護士法人エースでは、ビジネスと人権・人権DDに関するご相談を初回無料でお受けしています。
- 複数弁護士・パラリーガルによる迅速対応
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お問い合わせ 電話相談受付:0120-419-155(年中無休 8:00〜22:00)
監修者プロフィール
弁護士法人エース 代表弁護士
竹内 省吾
- 経歴
-
慶應義塾大学法学部卒業(2009)
慶應義塾大学法科大学院卒業(2011)
弁護士登録(2012)
第一東京弁護士会・こども法委員会 委員(2020まで)
三田法曹会 会員
日本交通法学会 会員
東京都子供の権利擁護調査員(2020まで)
静岡県弁護士会 会員(2020から2023まで)
第一東京弁護士会 会員(2023)
監修者プロフィール
弁護士法人エース 代表弁護士
成田 翼
- 経歴
-
明治大学法学部卒業(2009)
慶應義塾大学法科大学院卒業(2012)
弁護士登録(2013)
神奈川県弁護士会 所属
刑事弁護委員会 委員
三田法曹会 会員